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長い間、唖の子だと思われていた。
頭の中の神の声があまりに大きすぎて、周りの音も、人の声も、ほとんど聞こえていなかったのだ。
なので、初めて喋ったときには、ひどく驚かれた。
ちゃんと喋れるようになってから、神の話をしても、信じてはもらえなかった。
頭の中で神の声がする。
神の声は四六時中囁き続けている。
時に高く、時に低く、激昂も悲嘆もなく、長い長い物語を、ただひたすら語り続けているように。
神の声はいつも静かで穏やかだ。
何を話しているのかはわからない。
が、常にその声を聞き続けているために、なんとなく、いくつかの単語の判別ができるようになった。
神はどうやら、歌を歌っているようだ。
繰り返し出てくる言葉。繰り返し出てくる節回し。人間の声帯では決して発しえない、幾重にも重なる複雑な音。
歌われる歌はひとつではなく、いくつもの……千にも万にも、あるいは無限にも及ぶ歌を、ただひたすらに歌い続けているように思う。
音階も何もない、ただ言葉が流れるだけのそれを、歌と感じたのは何故なのだろう。
神は何を伝えたいのだろう。
それを、神の声だ、と認識したのは、いつのことだったか、もう覚えていない。
神の声は自身を何者だとも語ることはなく。
頭の中を埋め尽くすその言葉の意味を、理解できたことは一度もない。
この神の声は、他の人には聞こえていない。それを理解するのにも、長い時間がかかった。
現実で自分に投げかけられる、棘のある冷たい声よりも、頭の中にしか聞こえない神の声は、ずっとずっと優しかった。
だから。
だから、それを信じようと思った。
この声の傍にありたいと思った。
そのために、この世界に用意しよう。
あなたのための、極北の玉座を。
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『イバラレポート -001』
…目標の足取りがイバラシティで途絶えてから、約60日が経過。
目標補足・処理のため、当初の計画通り、被験者Aの投入が決定する。
異能を持つ人間・あるいはそれに準ずる生命体の集まる街に潜入するに先立ち、被験者Aの持つ異能を底上げする必要があるとの判断が下された。
被験者Aの持つ感覚機能の一部を封印・遮断し、その分のリソースを異能の出力に回す実験を行う。
実験の結果、被験者Aより、以下の2点の機能を封じることに成功。
・文字の認識能力
『神』の影響を最低限にすることを目的とする。
『神の言葉』が文字として出力されていた場合の対応策。
被験者Aは、一部のアラビア数字を除き、一切の文字を認識できない。
・目標に関する記憶
『神の言葉』の伝染経路のうち、第一段階、第二段階を同時に遮断することを目的とする。
被験者Aは『神』の存在を信じている。(この場合の「信じる」は、信仰ではなく存在の確信、という意味とする。)
被験者Aは、目標Aについて、『神を信仰する、赤いマフラーを巻いた男子学生』以上の情報を持たない。
なお、『神』についての情報は、被験者Aの本体の持つ記憶をそのまま流用している。
……
上記2点の機能の封印実験の結果、被験者Aの異能効果に上昇を認める。
本処置の完了をもって、被験者Aをイバラシティへ投入する。
被験者Aは目標の処理を持って任務を終了。イバラシティを出て、速やかに帰投すること。
なお
目標が被験者Aと接触した場合、目標の記憶・能力の解放、あるいは被験者Aの機能封印の強制解除が発生する可能性がある。
イバラシティで観測されている時空の歪み(観測機器の誤作動の可能性あり)に影響され、被害の拡大も予想される。
最大限に留意されたし。
20xxxxxx ■■■■ 記