
「森山さん……残念ながら…」
首を横に振る、分かっていた事だ。
むしろ、この時までこうしていられた事が奇跡…否、あっては本当はいけなかったのだ。
「私は…私は、生きる術があるなら生きたいです。でも、自然のままその時が訪れても私は…
効力が切れる時がその時、ずっと…ずっと分かっていましたから」
穏やかな顔で言う、心からの言葉だ。
医者は眉間に皺を寄せるがそれは私を思ってのこと、医者相手に言う言葉ではないとは分かっていたが、この罪悪感とようやく向き合う時が近付いた。
そう言うことなのだろう。
「しかし、森山さん…貴女はまだ若い。だから何とか治療する術を…いや、治療といっても…これは…よくこんな無茶な事を…」
「本当ならあの日に私は死んでいます。それが…また学校に通ってます。
もう返す先も今はありませんが、一つ返せる物があるので…なので、その日までは何とかなる様お薬は…」
「……延命する為というより最早誤魔化すための処方だ…でも、そうだね。
分かった、お薬は出す…から、毎日ちゃんと飲むんだよ。…本当にお婆さんに言わなくて良いのかい?」
「はい、お婆ちゃんには笑顔でいて欲しいので…この事を誰かに言うという事が今はまだ…」
「…いずれ、いずれ…それを言えると思う人や人達にきっと会える。
いや、むしろ君にその勇気がきっと出る…それが君の打開策や奇跡に繋がるかもしれない…医者が、奇跡に頼らないといけないなんて歯痒いけれどね…」
「いいえ、先生には感謝してます。
病院って、この町の外にいた頃のせいで少し嫌なイメージがあったのが、今や怖くなくなったので…」
レントゲンの結果を横目に。
本来あり得ない様な図が出ているのがいっそ現実味がなくて恐怖感はない。
丸椅子から立ち上がれば学生鞄を両手に抱えて私は頷く、定期的に検査に来てるからか先生とは最早顔馴染みだから様々な事を話せる。
「……では、この後からでも学校に行きます。
少し、長く休んでしまったので…皆の顔を見て元気になりたいですから」
「うん…いってらっしゃい。
……無理だけは、しない様にね…」
卒業、大学受験、入学、成人式、同窓会──
未来の言葉を頭に並べながら病室から私は出て行く。
まだ、まだ──
「薫ちゃんもそうだけど、花子さんも別の方向でな…」
「でも、その為に先生の友人の精神科の人を紹介したのでしょ?」
「そうなんだけどね…今のままの方が、幸せなのかもなぁ」
*
……夢を見ていたみたいな気分だ。
いや、イバラシティでの記憶が本物でこの場所の私が夢ではないかと思…
否、それは都合の良い解釈でしかない。包帯の巻かれた両腕と両足と顔、血で汚れきった全身、
否定された人間テレーゼ=ジーベンの姿
体が重い。こちらの世界でも体はどのみち元気とは言い難い…
仕方がないとは言え何とも不便な体である。
お婆ちゃんに会いたい、クラスの皆に会いたい、でもこの姿の私を見ればそれは侵略者と思われるのではないか?私は、恐れている。
皆の安否、それが気になるのは当然なのに…それ以上に皆に恐れられる事を恐れている。
そう、死ぬ事よりも、何よりも、恐れられる事を何より恐れている。
森山薫とテレーゼの境は、薫だって恐れられる存在だったがあの町では受け入れられていた。
ならばこの姿でも受け入れてもらけはいだろうか、そんな事を考えるが訳が違う。
「…1人」
実感するように、自分にそうだと認識させるようにつぶやく。
「私は………1人………」
森山薫も本当は──
「…………いか、なきゃ」
血だらけの姿で、足を引きずりながら歩く。ただ、守りたいものを守る為だけに──
私の時計は止まる事を知らない──