「ワタシこの国のコトワザに感銘を受けたネ!」
メアリーと名乗る雑誌記者は快活な声で語る。
「壁に耳あり正直メアリー、それまさにワタシのことネ!」
どうやら聞きかじったことわざを間違って覚えているようだ。
「噂話集めるの得意! ワタシ嘘つかない! この国で記者やるワタシの運命!」
そう言って彼女はろくに取材もせずに帰って行った。なぜ新聞記者じゃなくて雑誌記者なのだろうという疑問も、何となく理解出来た。
金髪に碧眼、胸も大きい陽気な外国人記者に取材を申し込まれた店主は、最初こそ鼻の下を伸ばしていたが、その勢いと適当さに少し引き気味になりながら、なんとか取材を乗り切った。
後日発売された雑誌には当たり障りのない紹介と、間違ってはいないが適当な文言が並んでいたのであった。
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「だっるぅ~」
メアリーはため息と共にドアをしめると、ソファベッドにカバンを放り投げ、ジャケットを脱ぎ捨て、胸元からパッドを雑に抜き取った。
洗面台に向かい、カラーコンタクトを外すと、馴染み深いグレーの瞳が鏡越しに髪の毛を捉える。
「あ~、根元ちょっと茶色が見えてんじゃん、また染めないと。傷むんだよなぁ、髪も財布も。めんどくさいな~」
彼女の名はマリー・オブライエン。違った、メアリー・オード。正直メアリーの名で親しまれているアイルランド系アメrじゃないオーストラリア系移民である。
正直者で嘘のつけない彼女は偶然耳にしたコトワザに感銘を受けてこの国にやってきたという事になっている。
小さな出版社でローカル雑誌の記者として薄給で働いている。
雑誌の給料だけでは家賃が払えないため、タウン誌にヘルプの記者として記事を書かせて貰う事もある。
蓄えは前の仕事でたんまりと溜め込んだので困ってはいないが、派手に使うと足が付くので節制を心がけているというしっかり者だ。
「頭の残念なアホ外人のふりしてりゃ、ノリで押し切れんだから、良い国だよねホント」
笑顔が朗らかで人の良さが滲み出ていると評判の彼女は、不思議と私生活を明かさない。明かせるはずがない。
「そういや、そろそろ証明写真撮りに行かなきゃダメだっけ? めんどくさいな~。いっそ身分証明書に証明写真なくても良いんじゃないの?」
そんなわけでプロフ絵はないのである。
「写真あってもそれが本当にメアリーかなんて証明できないんだし」
おっとそこまでだ。