
「スミマセ~ン、取材に来ましたデス」
ベーカリーが混み合う時間を避けて、メアリーは陽気に飛び込んだ。
今日の取材先は通勤路でいつも美味しそうな匂いを漂わせている人気のパン屋だ。
トレイの片付けと補充をしていたアルバイトが、キョトンとした顔で首をかしげる。
「えっと……ちょっと待ってくださいね? 店長~取材って来られてますけど~?」
さも初耳のようなリアクションに、メアリーはピンと来た。
店の奥から困惑顔の店長が出てくる頃には、完璧な愛想笑いで動揺を覆い隠す。
「取材? 何の話??」
「初めまシテ店長サン! 取材の申し込みにきまシタ!」
完璧な記憶力が先週の木曜日16時52分の出来事を明瞭に思い出させる。
そう、あの時確かにベーカリーに取材を申し込もうとしていたのだ。
ただ、退勤十分前だから明日でいいやと思ったまま忘れただけだ。
記憶力は完璧だが物忘れをしないわけではない。うっかりというのは避けようがない。
よって、悪くない。
ミスは挽回すれば良い。そもそもバレなければミスではない。
現に今もバイトの子が「私が聞き間違えたのかな?」みたいな自信無さそうな顔をして、こっちの堂々とした態度に押し切られそうになっている。よし。
「ワタシ、再来週のこのタウン誌に記事書きマスね? ここのパン美味しいとチマタのウワサ、ぜひ紹介したい!」
明るく元気に片言で! それが押し切るコツである。
「えっと……うちそういうのは」
「店長サン、どこで修行シタ? 本場でもこんな美味しいのなかなか無いヨ!」
「いや、あの」
「ミナまで言うネイ! 味の秘密を聞き出そうタァ言わネェ! ただコダワリとオススメを知りたい! それ街の声ネ!」
「じゃあ……明後日定休なので、午前中なら……」
「アリガトゴザマス! では午前10時でいかがでしょう?」
「あー、11時ぐらいの方が」
「承りました、では11時で。大体45分ほどお時間頂くことになりますがよろしいですか?」
「それぐらいなら」
「ではよろしくお願いします。あ、こちら名刺とタウン誌の見本となります。当日は私がカメラマンも兼任となります」
「あ、はい、ありがとうございます」
押し切れた。
――本日の取材日記――
アポを取り忘れてたので、会社には先方都合で延期になったと報告。
街の流行りを取材してくるという名目でゴリ押して適当に街をぶらつく。
一応ちゃんと情報収集もするが、何のための情報かはひとまず置いておこう。
掛け持ちしてる雑誌のためだったり、生きるためだったりと、何かと情報は多い方が良い。
大事なのは情報を整理し、精査し、活用する事と、これが大事だと見抜く直感である。
この街の住人はチョロくて平和だが、私まで平和ボケしてはいけないのだ。
でも面倒臭いというのも正直な所だ。正直メアリーだけに。誰だそれ。