
眠りから覚醒した神父は、そこが自室のベッドでないことにまず驚いた。
横たわった背中から伝わってくるのは地面の冷たさだ。
目だけを動かして周囲を見回してみれば、荒廃した世界がどこまでも広がっているように見える。
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古橋 「ここは……?」 |
何故かズキズキと痛む頭を押さえながら起き上がれば、空気の匂いや空の色、何もかもが見知った街とは違っている。
そこが元居た世界と違う空間であることは嫌というほど理解出来た。
何故自分はこんな場所に。
動揺を抑えながら一つ一つ遡ろうとするも記憶が混濁しており上手く思い出せない。ごくりと唾を飲み込めば、酷く喉が渇いていることに気付く。
確か昨日は日曜のミサを行って、信徒の人々と会話を……
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古橋 「……あれは誰だ?」 |
昨日話した人の名が、どうしても思い出せなかった。
寒気のようなものが背筋を這い上がる。
それを振り払うように周囲の確認を再開した。
どうやら教会の裏庭に居るらしい。
しかしそこに植えたばかりのはずの苗は影も形も無く、赤茶けた乾燥土があるのみだ。
白い輝きを放っているはずの教会の壁には亀裂が走り、煤のような黒い汚れに塗れている。
尖塔に掲げられていた十字架は、根元からもげてその名残すら残していない。
自分が守ってきた物が、須らく蹂躙されていた。
まさか。あれは幻覚ではなかったというのか。
脳裏に過ぎるのは、数日前に届いた謎の声だ。
侵略者、アンジニティ。
世界が入れ替わる。
そんな絵空事のような話が、俄かに現実味を帯びてきた。
侵略は団体殲滅戦、という案内人のような男の言葉が頭の中で繰り返される。
殲滅戦、ということは戦えと言うのだろうか。
ただの聖職者である自分に戦闘の心得は無い。
人ならざる存在に襲い掛かられては、勝つどころか生き残れるかどうかすら定かではなかった。
しかし。
神父の胸中に飛来した感情は恐怖だけではなかった。
侵略が達成されてしまえば何が起こるのか、全て理解出来てはいないだろう。
だが今のこの世界がほとんど消えて無くなるような激変が訪れるのは本能的に悟っていた。
それは冒涜だ。この世界を作った神への反逆。
神父が信じて歩んできた道を頭から否定するような行いである。
看過する事は出来なかった。
……この世界に生きる人々を、守りたかった。