001.「Infection」――あるいは、どこかで筋違えた脚本について
結局の話。オレに足りない物は諦念だったのだと思う。
本当の所、出来ない事は幾らでもある事位は頭の奥ではわかっている。理解しているし、認めてた。
自慢じゃねーけど、大抵のものは案外できてしまう。だから、その諦念すら自分でも分からなくなってしまったのかもしれない。
努力だってできる。出来るから、今まで積み上げた物も見えてしまう。
だから、自分にはどうにもできない事にすら、諦めることを出来なくて。
だから、それを叶えるために、何かを捨てる事を出来なくて。
このままじゃダメだ、なんて言葉は言えなかった。
それでも頭の片隅で、やり直しを望んでいた。人生のやり直し。今までのを全部捨て去って、全く新しい何かと共に、出来ないことをやれることを。
そう。オレにはそれが出来ない。それは怖い事だと分かっているから。諦められねえ癖に、捨てる事も出来ない。
出来ない、出来ないから、オレは此処にいる。
地獄にすらいけないオレを、誰だって掬ってくれさえしようとも思わない。
オレは、小野木瞬は、そんなチャンスにすら手を伸ばせやしないのだ。それでも、オレはまだ、
一条 燈大
中性的な見た目の三つ編みおさげの少年。
ぱっと見の印象は物静かで愛想がない。
常に腰に沢山の画材の入ったポーチを下げている。
「で、瞬は入部届出してきたの?」
「……まぁ。後で出しに行こうかな? なんてよ」
春。今から言えば、結構前だ。イバラシティに二人して越してきた。
言い出したのはオレ。田舎にいれば、都会に対しての憧れ位抱く。出来ない事も出来るのだと夢想したから。
「ふーん。まあがんばれよ」
要するに、演劇をやりたかったのだ。ちゃんとしたところで。そして当然の様に演劇部はあった。
だからオレはこのまま手が届くと思ったのだ。
だけど。
「ちょちょちょちょちょまてよ。おいおいおいおいおい、オレっちたちの友情ってそんな淡泊な返事で終わるようなものじゃないだろ?」
「あるだろ、こう。その間はなんだよとか、一人でやる気かよとか、今日の晩飯何にするとかよ!」
あの時共有していた筈のトータは、そうじゃなかったのだとその時初めて知った。どうしてだ、と問い詰めるべきだったか、と言われるとオレには上手く言えない。
大体、そう問い詰める理由もない。同じ場所へ向かう事など確約していたわけじゃあなかったし。
「だってどうせどこ行ったって瞬はうまくやんだろ」
「……で、さっきの間はなんだよ」
だから、オレは答えに窮した。どうしてだと、自分に問い詰めた。
答えはそう難しい物ではなかったと気付くのは、劇的な瞬間でもなければ一生気づかなかったのかもしれない。
「なんかよお。つまんなそうだなって」
共有していた、と信じていた物こそが、答えだったのだと。
だからこそ、トータの冷たくなった、いやに綺麗な──絵に描いたような──その体を見てしまったオレは。
小さな頃からずっと一緒で、知らない事なんてないはずの一条燈大という男に対して。
──どうしようもない、嫉妬を感じた。それは、当時のオレがやりたくても出来ない劇的な瞬間だった。
感情ってのを甘く見てはいけない。
オレにすら思いも寄らない事を引き起こす。
オレは、置いて行かれたと感じた。
全てを捨て去って、最初からやり直そうとした男に対して。
オレはただ、嫉妬したのだ。
オレに出来ないことをしでかした、そいつにたいして。
オレにはそんなチャンスへ手を伸ばせさえしなかったことに対して。
これがどんだけダサいことか位は分かっていても、止められやしない。
一言言ってやらなければ気が済まない。
『勝手にオレっちを置いていくんじゃない』
と。
これからの事への後悔は、その時にすればいい。
なんたってオレに足りない物は諦念だったのだから。
それに。
あの劇的な脚本家であり、いっぱしの役者である奴にライムライトを当てる機会をみすみす手放すなんてことは。
諦められないオレには到底不可能な相談であろう。
小野木 瞬
小野木 瞬
SIDE:ANSINITY
彼の罪は、「全てを欲しがった事」
そして、「自分の運命を他人に委ねた事」
手に入らない物にすら欲しがり、諦める事を知らず。
だというのに、その自身の運命を、照らす、という大義名分で他人へ委ねた。
なにより、それを僅かでも自覚している事こそが、彼の罪だ。
自覚的な罪人は赦されるつもりはない。