『佐錦コト 享年三歳』
真新しい墓石に一番初めに刻まれた名は、祖父母のものでも、父母のものでもない。
俺、佐錦ササキの妹の名前だった。
彼女が何故死んでしまったのか、俺には未だにわからない。
ある日帰宅したら既に妹は真っ白な着物で横たえられていた。
家族の誰にもその原因を聞いていない。
というか聞ける雰囲気ではなかった。
誰もが能面のような無表情のまま、妹の骸の唇に水を含ませていた。
妹の友達も見た覚えはない。
大人達と俺だけで葬儀は粛々と進行し、俺は泣いたのかも覚えていない。
でも、誰かが泣いていたのは覚えている。
佐錦神社の朝は早い。
4時半には本殿に火が灯り、御祭神である佐錦詠慶御霊神に水を供える。
境内は秋以外は綺麗なものであるが、厄除けを御利益とする便宜上、掃き掃除は毎日行われる。
朝日が本殿を照らし始める頃、鳥居の辺りから人の気配。
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「よ、」 |
俺はいつものように声をかけた。
相手もぺこりと頭を下げる。これもいつも通り。
《その人》はとても奇妙な格好をしている。
真っ白な布のようなものを纏い、頭の上にはきらきら光る金色の輪。
顔は布のようなもので覆われていて、口だけが覗いている。
その布には朝日が昇る光のような文様が描かれていた。
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「おはよう、コト」 |
二度寝したいほどの欠伸をしながらあいさつをすると、相手は嬉しそうに口を弧にしてにんまりと笑った。
墓に納骨されてから2年程経ったある日、妹は突然帰ってきた。
俺は不思議なことに特に驚きもしなかった。妹が俺と同じように成長していることも、奇妙な格好をしていることも、口をぱくぱくさせているのに言葉が全く聞こえてこないことも。
「父さん、母さん、コトが帰ってきたよ」
俺は大声で二人を呼んだ。両親は俺がおかしくなってしまったと叫んだ。親父にお祓いをされて、母親には泣かれた。
まだ子供の俺にはどういうことか分かるまで少しだけ時間がかかったが、
どうやら、この《妹》は俺にしか見えていないらしい。
それからは《妹》の話は誰にも言わないようにした。
俺と《妹》、二人だけの秘密だ。