世界が一旦閉じる。それがなんとなくわかった。
今回の試みはうまくいかなかった、たぶんそういうことなのだろう。
だけど、これでよかったのかもしれない。
時折流れ込んでくるイバラシティでの記憶の中で、笑う私はとても楽しそうだった。
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鴉乃宮さん 「……」 |
新しい友達ができた。一緒に戦って、遊んで、食事をして、お花見もした。
永遠に散らない桜の花の下で、お弁当箱をテーブルに乗せて、飲み物がいくつも入るクーラーボックスを広げて。
4人でわいわい、とてもとても楽しかった。
おにぎり、唐揚げ、卵焼き。
桜を見ながら皆で食べるお弁当が、あんなに美味しいなんて思いもしなかった。
たくさんのジュースで乾杯をして、こんな日がずっと続くといいなって笑っていた。
あんなに気が合う友達が、こんなに近くに居たなんて思いもしなかったから、
私は本当に、笑いながら泣きそうだった。
彼女達のうちの1人にもらった宝石、トルマリンは私の宝物だ。
この世界でも色褪せることなく輝いている。
他には……そうだ。
ちょっと離れたイタリア料理屋。たしか同学年だったあの子達は、元気にしているだろうか。
すごく気が利く青い髪の子と、少しだけおだやかな感じの金髪の子。
あれはいい組み合わせだと思ったものだ。そう、ちょっと羨ましくなるほどに。
あの街に来てから私は1人で戦っていたから、
ペアを組んでおくべきだったかと内心嫉妬したのは仕方のないことだと思う。
あぁ、そうだ。
結局まだ一緒に遊ぶ約束を果たしていない。屋上で景色を眺めていない。
見せたい景色があったのに、感じてほしい風があったのに、
多分もう、イバラインの通知は鳴ることがない。
私は受けてくれるだろうか。
どうだろう。いや、きっと大丈夫だ。私はとってもマメだから。
遊びに行っていい?なんて言われたら、すぐに返事を返すんだろうな。
……ところで、あのタヌキのアイコンはとても可愛かった。
もう、受け取ることはないのが、少し悲しい。
デパートで会った彼はどうしているだろうか。
彼のおかげで2人に出会えたのだから、感謝するべきなのかもしれない。
それに、あの店は安くて美味しくて良いところだった。
でも……港の一件は忘れてない。
そう、あの小さな紳士は元気にしているかな。
彼のことは凄く怖がらせてしまった。
あぁ、どうして私はあそこで一言口に出すことができなかったんだろう。
強い心を持った少年だった。彼との会話の記憶が、今の私を少しだけ優しくしたのだと思う。
……うん
……それもこれも、やっぱり全部彼のせいだ。感謝の言葉は取り消そう。
まさかデパートで出会って、イタリアンを食べて、またすぐ出会うなんて思っても見なかった。
なんてタイミングの悪い男!
彼とは友達だけど、早々に決着をつけたほうが良い気がしてきた。
彼は間違いなく正義だ。こちら側には居ない。だからきっとどこかで出会うだろう。
……そうだ
まさかとは思うけど、あの小さな紳士もここに来ているなんてことは……いや、まさか。
彼が胸元に隠したナイフを抜く姿なんて、そんなものは見たくない。
彼は、もっと子供らしく生きるべきだ。
そんなこと言ったら、きっと彼は怒るんだろう。でも、私はもっと、もっと彼に心から笑っていてほしい。
そのためならいくらでもラーメンをおごってあげるから、どうか、彼がここにいませんように。
そういえば温泉にも行った気がする。
メンバーは今も共に旅するパン屋とカフェの店員さん。……あれ、なんで1人居ないんだっけ。
……そうか、まぁ、ほら、彼女は魔法少女だから、きっとイバラシティでは色々あったんだろう。
まさかイバラシティでも魔法少女じゃあるまいな。いや、たしか大丈夫だったはずだ。
まぁ、彼女についてはこの世界でうまくやっているし、良しとしよう。
とにかく温泉は楽しかった。遅刻してしまったのもいい思い出だ、と思いたい。
なんだか取り合いのようなことをしてしまった気がする、が、この記憶は抹消したほうがいいんだろうか。
いや、皆良い思い出だと思っているのだろう。もうあれも手に入らないもの、なのかな。
あー、そうだ、マンションでも色々なことが……
……
…
こうしてみると、色々なことがあった。とてもとても、全て書ききるなんてできない。
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鴉乃宮さん 「……」 |
私は、どうなるんだろう。
私は、イバラシティの私とは別物で、ただ記憶だけを持った存在にすぎない。
この世界に絶望して、嫌気がさして、滅ぼそうと思ったその時から、
私は、私と別物になった。
……いや
もしかしたら、ルールを考えてみると
私が、このどうしようもない存在こそが鴉乃宮日向子という人間で、
楽しく笑う私のほうが、今回の試みによって生まれて、
明るい学生の役として当てはめられたモノにすぎないのかもしれない。
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鴉乃宮さん 「まぁ、もうそれもどうでもいいか」 |
じきに記憶の繋がりも無くなることだろう。
この世界には何もない。守るべき者は自分から捨てた。
なら、もうこの仮面も必要ない。
後のことは任せたよ、私。
そして今までありがとうみんな。
私はまた、この世界のことを好きになれるように頑張ってみるよ。