ハザマの刻。 ハヤミは一人だ。 けれどもイバラシティでの記憶は貴方と共にある。 泡沫の絵画の残像が 貴方の心、記憶、頭の中に。 |
――――赤い空。暗く陰った黒い大地。その境界に、指を滑らす。 ひとつ、一本引いた線が裂け目となって、そこからまぼろしが溢れ出した。 もはや、何も言うことはない。架空の中に残せるものなど何もない。 指先で、虚空に線を描く。そうして形を得た魚が、ぬらりと宙を泳ぎ出す。 極彩色をぽつぽつと空に落とすように、存在しないものに命が与えられていく。 それがどういう光景か。どう見えるか。それさえも、些細な問題だ。 すべてが夢幻に消える刻が来る。望まれた終わりがやってくる。 ――――今、この場は架空と現実の狭間。 『IF』が、在りもしないものが、静かに現実を腐らせていく。 |
《攻撃》――色褪せた現実と紙上の暴力 |
《器用》――妄想を継ぎ接ぎ、ありもしないものをかたちどった |
《活力》――欺は再び 立ち上がるちからを齎す |
《幸運》――知らしめよう 描き出せ 己はまだここにいる |
《幸運》――色彩との出会いという至上の幸運 |
《体力》――生命の息継ぎ、肉体に残された力を見付け出した |
《活力》――美は再び 立ち上がるちからを齎す |
《回復》――知らしめよう 描き出せ 己はまだ生きている |
そこにあった仮初めが、はらりと溶けるように消えた。 |
まぼろしが囁く。 |
《祝福》ハヤミはゲームセンター『〆切』での アガタの姿を思い出した。 |
上空で、何かが光ったような気がした。 |
『遊ぼう、つまり絵を描こう』 |
『沢山かけて、すごく幸せ』 |
まぼろしは散り散りになって虚空に沈む。 |
生命の万感 |
何も残らない。 |
『絵を描く人は絵を描くのがだいすきだ』 |
イマジナリ・フレンズは勝手に落ちてたカードを拾っていた。 |
アガタのカード発動! |
『ごめんね』 |
『絵を描く人は絵を描くのがだいすきだ』 |
『遊ぼう、つまり絵を描こう』 |
「手癖で描いてるでしょ」と小鳥が耳元で小言を囁いた。 |
―― はっとした。脳裏で鮮やかに色づいた。アガタの絵画が! |
今は空を見上げて星を探している場合ではない。 |
『もっと絵を描こう、なんて嬉しいんだろう』 |
砕け散った架空が地に落ちて消えた。 |
『どこへ行ってたの?』 |
《祝福》ハヤミは喫茶店・沙羅で描かれていた アガタの絵を思い出した。 |
ふと、イバラシティでの出来事を思い出す。 まだ真新しいはずのその記憶が、ひどく遠い昔のように思えた。 |
咄嗟に黒塗りのキャンバスで防壁を打ち立てる。 |
『どうして?』 |
『絵を描くのってたのしいばかりだねえ』 |
《祝福》ハヤミはコヌマキャンプ場での アガタの姿を思い出した。 |
今頃、アガタは何をしているだろうか。こっちが必死こいて頑張ってるのに、 のんきに寝てたり遊んでたりしたらちょっとむかつくな……と思った。 |
『おでかけしようか』 |
《祝福》ハヤミはアガタの画集を思い出した。 |
今は空を見上げて星を探している場合ではない。 |
ハヤミのカード発動! |
『 』 |
「ワンパターン戦法」と小鳥が耳元で小言を囁いた。 |
振り返る。誰もいない。 |
すべては、名もなき虚構をあらしめるために。 なきものを、在るものへとすげ変えるために。 |
ざわめき。 |
ハヤミのカード発動! |
今は友人のことを考えている暇はない。 |
バッテリー残量がごく僅かとなった液タブの電源を落とした。 「描画魔術があるでしょう」「それは捨てなよ」と小鳥が囁く。「ヤダ」と答える。 かばんの中にしまい込んで、再び歩を進め始めた。 |
ハヤミ 「…………。」 ……一人だ。あるいは、一人ですらない。 アガタを見つけ出せないのであれば、ここには何の意味も残らないのだろう。 |