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頭痛と眩暈がする。
数週間分の記憶が突如としてなだれ込んでくるのは、どうあっても慣れないものだ。
ほぼ1時間おきであるために心構えはできようが、脳の処理能力の限界を試されるような出来事は
気の持ちようでどうにかなるようなものではない。これに慣れた時、人を辞めてしまうのではないかと思うぐらいだ。
腰を掛け、眩暈が治まるのを待ってから、次の一歩を踏み出す。
このハザマという世界は、行けども行けども変わり映えの無い、殺風景な景色が広がっており、どうにも奇妙な印象を抱かざるを得ない。
草原を渡り、森を越え、水場を後にし、山肌に沿って移動してたが、どれも味気なく、どこか作り物のような感覚に陥るのだ。
とはいえ鬱蒼とした森の中や切り立った山岳地帯で一息つく気は起きないし、何よりそんなところで毎度の頭痛に見舞われでもしたら
思いがけない二次災害に遭いそうなので、中継地点はなるべく見通しのいいところを、と思い、一度の移動で極力平坦な場所に辿り着けるよう
調整しながら歩を進めている。舗装という程の舗装はされていないように思えるが、恐らく道路の類だろう。
今回も沼地に踏み入るのを避け、チェックポイントと記述されている位置の南側で待機する事にした。
これならば目的の場所に辿り着くまでに30分そこらもかからないだろう。
それにしても、Cross+Roseに映し出される地図は便利なものだ。
周囲の地形もだが、現在地に加え大まかな移動距離が把握できるのは非常に大きい。
こんな危険な場所を闇雲に歩き回るなど、考えただけでも恐ろしくなってくる。今後も活用させてもらうとしよう。
また、地図に表示されている数字の通り、周囲を見渡すと他にも同じような考えを持っている、つまり道沿いを移動し
危険を回避しようとする者達がいる事が分かる。私の思考能力は、ここにあって少なくとも狂ってはいないようだと少し安心する。
地図を見ながら歩いていると、突如として花の香りに混じって甘い匂いが漂ってきた。
どうやら梅楽園という売店がどこかにあるらしい。今は準備中だが、近く開店するするとの事らしい。
ハザマにおける恐らく何かしらの重要なポジションにある者達と榊の遣り取りにも慣れてきたものだ。慣れたくもないが。
それにしても、このCross+Roseというシステムはとんでもない高性能である事が伺える。
榊が演技をしているのでもない限り、「団子の形をした何か」は確かにそこに存在したように見えた。
空間を歪めて繋げる異能で直接的に移動させるでもない限り、またあるいは転送に関連する異能を介しているのかは不明だが、
香りは勿論、物質の形状を保った状態で遠隔地に創り出すという事象は聞いた事が無い。前述した時空間系に作用する異能も
非常にレアなはずであり、そうそう目にする機会はないだろう。まあ、ハザマでは一般的に行使されているのかもしれないが。
とはいえ正直なところ、このハザマにおいて、見たものをそのまま信用する事は難しいように思える。
あまりにも非日常かつ強烈な体験の連続で、どうしても疑心暗鬼に陥ってしまう。本当だったらラッキー程度に考え、期待はしないでおこう。
甘いものもいいが、まずは真っ当な食事をしたい。そろそろこの不思議な食材からはおさらばしたいものだし。