またこの場所に来てしまった。悪い夢などではないと猪蔵でも気付き始める頃だ。
またそれは、ここにいる間の記憶が無い元の世界と、どちらが現実であるかと疑いだしてしまう頃でもあった。
シャベルは頑丈で、襲い来るものを退けることができた。思い切り振り下ろして、何度も殴った。
殴られる前に。傷つけられる前に。
殺される前に。
齊一という青年は「戦う」ということに慣れていた。彼の助けを借りて猪蔵も戦った。
鈍い音と悍ましい感触を考えないようにしてやり過ごしながら、これはゲームの世界だろうか、と猪蔵はぼんやり思った。だとしたら早くやめたい。家に戻りたい。猟奇的なゲームは好きじゃなかった。異能のおかげで敵に勝つ最適解への近道を見つけ、それなりのスコアを出すことがささやかな特技であったとしても。
どちらかと言えば、ど〇ぶつの森とかが好きだった。
さてその異能も、今や猪蔵の武器となる引き換えに精神を激しく蝕んでいた。数字が見えたところで、処理が出来なければ何の意味もない。動くものの速さ、重さ、圧の変化等々の情報から敵の動きを見て、どこが安全か、どこへ打てばいいかを逐一計算しなくてはならない。一瞬、一瞬のうちにそれらの数字を拾い出し、何ら特別ではない、人並みの脳を絞って演算を重ねる。
全く見当が外れることもあった。瞬間的に思考が焼き切れ、目の前が真っ白になることもあった。
それでも何とか一時の身の安全を確保し、一息ついたところで、猪蔵は同行者の目を盗んで吐いた。
先程齊一から貰ったものの残骸を眺めながら、ふとある友人のことを思い出す。
彼もおそらくは戦えないだろう。あの気質と、天気がわかる程度の異能では、齊一のように武力で以て自分を助けることなど出来はしないだろう。
それでも、今は無性にあのやさしくあたたかな数列が恋しかった。
「……げんたろちゃん」
彼はどこにいるんだろう。元の世界で、無事でいるんだろうか。もしかしたら、
……もしかしたら。
ふと頭を過る『彼と過ごした日々の方が偽りのものだとしたら』という恐ろしい妄想に悪寒が走り、猪蔵はもう一度吐いた。
はやく帰りたかった。