ハザマの刻。 ハヤミは一人だ。 けれどもイバラシティでの記憶は貴方と共にある。 泡沫の絵画の残像が 貴方の心、記憶、頭の中に。 |
――――そこに新しいキャンバスを置いた。ただし、液晶画面の中の。 するりと画面から溢れ出した“白紙”が、現実に透明なレイヤーを敷く。 今この瞬間、この場は紙面となった。作品となるべき空白となった。 ペン先で、虚空に線を描く。そうして形を得た魚が、ぬらりと宙を泳ぎ出す。 極彩色をぽつぽつと空に落とすように、存在しないものに命が与えられていく。 それがどういう光景か、どう感じるか。それさえも見る側の勝手な妄想だ。 ――――今、この場は架空と現実の狭間。 『IF』が、在りもしないものが、静かに現実を腐らせていく。 |
《攻撃》――色褪せた現実と紙上の暴力 |
《器用》――妄想を継ぎ接ぎ、ありもしないものをかたちどった |
《活力》――欺は再び 立ち上がるちからを齎す |
《幸運》――知らしめよう 描き出せ 己はまだここにいる |
《幸運》――色彩との出会いという至上の幸運 |
《体力》――生命の息継ぎ、肉体に残された力を見付け出した |
《活力》――美は再び 立ち上がるちからを齎す |
《回復》――知らしめよう 描き出せ 己はまだ生きている |
《祝福》――ハヤミはイバラシティの駅で見た アガタの展覧会の広告を思い出した。 |
『もっと絵を描こう、なんて嬉しいんだろう』 |
『遊ぼう、つまり絵を描こう』 |
咄嗟に黒塗りのキャンバスで防壁を打ち立てる。 |
《祝福》ハヤミは中学の美術部で 絵を描いているアガタの姿を思い出した。 |
『もっと絵を描こう、なんて嬉しいんだろう』 |
ざわめき。 |
――はっとした。脳裏で鮮やかに色づいた。アガタの絵画が! |
『もっと絵を描こう、なんて嬉しいんだろう』 |
『何か隠してない?』 |
《祝福》ハヤミは中学の美術部で 絵を描いているアガタの姿を思い出した。 |
『もっと絵を描こう、なんて嬉しいんだろう』 |
『大丈夫だから』 |
《祝福》ハヤミは中学の美術部で 絵を描いているアガタの姿を思い出した。 |
『もっと絵を描こう、なんて嬉しいんだろう』 |
《祝福》――ハヤミは喫茶店・沙羅で描かれていた アガタの絵を思い出した。 |
『もっと絵を描こう、なんて嬉しいんだろう』 |
『こっちにおいで』 |
『絵を描く人は絵を描くのがだいすきだ』 |
『許さなくていいよ』 |
《祝福》――ハヤミは喫茶店・沙羅で描かれていた アガタの絵を思い出した。 |
『もっと絵を描こう、なんて嬉しいんだろう』 |
『私達だけの秘密よ』 |
《祝福》――ハヤミはばらの湯で描かれていた アガタの絵を思い出した。 |
『もっと絵を描こう、なんて嬉しいんだろう』 |
『絵を描くのってたのしいばかりだねえ』 |
『死ぬまで死ぬほどお絵かきだ!』 |
トントンと画面を叩き、異能で周囲一帯に敷きつめたレイヤーを片付ける。 肩に乗せた小鳥がひと鳴き、多くのIFたちが空へと舞い上がった。 入り交じるような魚影が、地を駆け巡っていく。 |
ハヤミ 「…………。」 地上に一人取り残されたIFは、空を見上げてそれを見送る。 自身が人の姿であることが恨めしいが、人でなければアガタに会えない。 周囲にぽつぽつと咲いた花々が囁く言葉に、耳を塞いだ。 |