第三幕:██
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「――…っ」 |
痛みで軋む頭を緩く振って、少しでも和らげばと思いながら深く息を吸っては吐くを三度繰り返す。
吐き気――は、無い。嗚呼良かった、頭痛だけならまだ考えることができる。
初日を除いて、ここに飛ばされるのは一応二度目――実質三度目か?
まあ、何であれ一度目はもう悲惨だった。
戦闘を終え、一息吐く暇も何もなく人を紹介されて、促されるがままに車に乗った。そこまでは特に何事も無かったのだ。否、区切り目などと書かれたメッセージを見た瞬間に何かがぶつ切りにされた感覚はあったのだが――
車を降りて先と違う景色、周囲を見遣りながらふとその違和感に意識を向けたら、彼方側の記憶数日分を一度に頭にぶち込まれた。
ここに滞在できる時間は一時間。それを過ぎると一度彼方に戻されると、あの男は言っていた。記憶に関しても確かに聞いた。となれば実際にぶち込まれるのは彼方に戻される際に一度消される・消されたここでの記憶だろう。しかし……
彼方に戻され、今一度ここに飛ばされた感覚が記憶が自分には無い。
触れて確かめる気にもなれない記憶を手繰り、数日間の彼方での自分を振り返る。
見慣れた天井、部屋の内装。
体が重くて頭の中も気怠くて息をするのもしんどいからベッドやソファに独り沈み込んで、時間を浪費するだけのいつも通りの日常。
ふと、気付く。ここに訪れてからは一日たりとも気分の晴れた日が、調子の良い日がない。外に出ることも、外を見ることもしていない。あぁでも偶然かもしれない。一、二ヶ月間何もできなくなったことは前にも
前にも、あったか?
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「……本当は、」 |
自分は 侵略される側なのではなく、侵略する側なのでは。
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「や、それは無い」 |
――…
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「……いや、お前がここにいるのも無いだろ……」 |
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███:合流
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そう言えばかつら、ここでは被らないんだね
無いもんは仕方ないだろ あとかつらじゃなくてウィッグだ
ウィッグもかつらも同じものだろ。
長い白髪をポニーテールに結う少女を眺めながら、小さく息を吐く。
"慣れ"もあるのだろうが、誰かと話すだけでこうも痛みが引くのか、と少し驚いた。が、
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「ねえやっぱりさ、きみがここにいるのは無くない?」 |
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「そう言われてもお前が組んだ段取りだし、俺はそれに従っただけだ」 |
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「はい?」 |
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「まあ予定通りに合流できて良かったですね、としか今は言えないなあ」 |
自分が?
いつ、どこで? そも彼女にここの話をした記憶など、ぶち込まれたものを確認してもどこにもない。一体誰の話をしているんだ。
無意識の内に伏せていた瞼を持ち上げ彼女を見遣れば、そんな目で見るなよと笑った。
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「俺が言わなくても、あんたはその内思い出すさ」 |
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「……そういう予定だから?」 |
――これまでの言葉を曖昧にし、とぼけたかったのか。
此方が投げかけた問いに彼女は『どうだろうな』等と言いたげに首を傾げてから、腰を上げた。
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「それはさておき、あんたは俺よりも先にここに来ているわけだ」 |
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「ああ」 |
先までとは違う。何が言いたいのか、これから彼女は何を言って、何を求めてくるのかがよくわかる。
彼女は言っても仕方のない嘘は言わないのだ。だから、おかしいのは自分の方だ。
此方も腰を上げて彼女と向かい合う様に立てば
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「エスコート、頼むよダーリン?」 |
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「努力はするけど、僕は僕のことだけで精一杯だってことはよく知っているだろう? ハニー?」 |
差し出された手を取り、どちらからともなく鼻で笑って振り払った。
同居しているが飽く迄もルームメイトだ。恋人よりも近しい関係だが、それ故に恋人にはなれない僕らは所詮、腐れ縁なのだ。