第二節 二人の大人
沙羅にはウタが在った。
幼い頃から得意であったそのウタを阻むものは何も無く、自由を謳歌する鳥の歌そのものであった。
それを否定されたことは無かったし、両親や祖父母から咎められたことは無かった。
だから沙羅は、好きなことを、好きなように出来たのだ。
沙羅はもうすぐ十代半ばを過ぎていく。
大人になると声というものは変わるらしい。けれど沙羅はそれを恐怖しなかった。
大人になれば世界は広がって、もっとたくさんの地を踏みしめて、もっとたくさんの知を学び、もし声が変わっても皆が受け入れてくれることを沙羅は知っていた。
いつか大人になったら、きっともっと素晴らしいことになるのだろう。
だから沙羅は日々の積み重ねが楽しかったし、そして大人になるなら楽しみですらあった。
変声期を感じさせる声の掠れもだから沙羅は好きだった。
もし変わってしまっても、きっと自分も世界で好きでいられると、沙羅は揺るぎなく知っていたからだ。
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「シャ・ラ」には翼が在った。
しかしその翼がはためくには檻は小さくまた、幸運の鳥をみすみす逃そうと思う者は居ない。
さて、どうするか。簡単だ。羽を切れば良い。
「シャ・ラ」は、翼が生えてきていることに恐怖していた。
それは大人になることであり、大人になれば翼を切られ、より愛玩のモノになる。
そのことは檻の外の会話から理解していた。
それに大人になって、いつか次の「シャ・ラ」を生み出せば、自分は親鳥となり死んでしまうだろう。
「シャ・ラ」は、大人の証である腕の翼を嫌悪していた。
けれど、それを自ら千切る程のちからも、自分には無かったのだ。