ジェイド王国大使館は、とある雑居ビルの3階にオフィスを構えていた。
詳しくは知らないのだけど、2階と1階はビルのオーナーでもある芸能プロダクションの事務所と撮影所なんだとか。
事務所に所属していると思われる綺麗な女性の方とは階段ですれ違った事があるので、近いうちに挨拶に行かないとなーなんて漠然と考えているのだった。
大使館の館長のロケットさんは国王であるバレット様の旧友でもあるらしく、ちょっぴり小太りな気の良さそうなオジサンだった。
大使館の部屋は結構空いていて、キッチンやバスルームなどは共用ではあるものの個別に部屋を選ぶことができたので、各部屋冷暖房完備だし快適に過ごすことができそうだった。
ユカラの双子の妹であるマグノリアちゃんも今回一緒に大使館のお手伝いをしてくれる話になっていたそうで、お料理登当番をアズちゃんとマグノリアちゃんの交代制で担当してくれる事に決まった。
料理がそんなには上手ではないユカラと私にとっては有難すぎて、毎日の食事も楽しくできそうだった。
「ところで、どうして職員さん達が一斉に辞めてしまったんですかね。仕事内容を大体教えて貰って思ったんですけどジェイド王国でやってる環境よりブラックじゃ……もとい、無理の無いレベルの作業量だと思うんですけど」
事務所での業務を纏めた資料を読む私は、ロケットさんに素朴な疑問をぶつけてみた。
「うん。給料も決して周りの企業と比べても低く無いんだけどねぇ。急にね、一斉に辞めてしまったんだよ。何の連絡も無しに」
「何の連絡も無し……ですか?ええと、職員さんもこの部屋に住んでいたのでしたら、私物とかは片付けられていたんですかね」
「うん。荷物もまったく置きっぱなしだったねぇ。一体何処へ行ってしまったのやら」
しょんぼり眉を下げ、困った顔で言うロケットさん。
「いや、それ。事件性のあるやつなのでは?辞めたというより、いわゆる失踪ですよね」
「うん。その線も一応考えてはいたんで、警察にも届けは出しているんだけどねぇ。特にそういう事件的な話は起こっていないそうなんだよ」
「そうなんですか……でも荷物も纏めないで出て行ったりするかなぁ。じゃあ、個人的にですけど辞めちゃった職員さんの足取りとか調べておきますね。ただ辞めただけならいいですけど、事件性のあるものだったら対処しないといけない問題ですから」
私の言葉に今度は蒼ざめるロケットさん。
「ま、まさかそんな。事件だなんて……この大使館が恨まれるような相手も身に覚えがないし、辞めた職員たちも悪い噂なんて聞いたことが無いのに」
「あっ、あくまでも可能性の話なんで!?事件じゃない事が一番いいんですけどね。今回ジェイド王国から来てくれた人は、みんな私にとっても大事なひとなんで。なるべく仕事するにあたって、憂いを除いておきたいみたいな?」
私の説明にそれなりに納得してくれたのか、ロケットさんのこわ張った表情がようやく緩んだ。
居なくなった職員さんの事も心配はしたとは思うが、本人の左遷とか減棒とか良くない事を想像していたのかもしれない。
「うん。それはありがたい申し出だよ。何か援助できることがあればできる限り支援するからね。気兼ねなく言ってくれたまえ、ウルドくん」
それなら、間違ってついうっかり買ってしまった焼きそばパン代が経費で落ちませんかね?と相談しようかと思ったが、明らかに自分のミスなので黙っておくことにした。
「あ、それとね。実はヒノデ市のインテグラセンターという複合施設の管理を市に委託されていてね。そこの図書館の司書もうちの職員が担当していたんだよ。こういうお仕事はウルドくんにピッタリだと思うから、事務所の業務と兼任でやって貰えないかな?」
「えっ、向こうでもアカデミーの教師と宮廷錬金術師兼任してましたけど、こっちでも兼任やるようなんですか?もっと職員募集掛けた方がいいんでは!?」
「うん。まぁ、そうなんだけどね。市に委託されてるから、イバラシティの市民にまた募集かける訳にもいかなくてねー。ジェイド王国から職員呼ばないといけないから、ウルドくん誰かいい人知らない?」
「うぐっ、私にブーメラン戻って来るとは思いませんでした。ええと、じゃあ探すだけは探しておきます。まぁ、業務的には利用者さん次第ですけど、こなせそうなので頑張ってみますね」
こうして、私のイバラシティでの司書生活も始まるのだった。
夢の中のような出来事。
なんか赤い変な化け物と戦って……
イバラシティに似てるけど、雰囲気がちょっと違うような所に立っていて。
ユカラやアズちゃんも偶然そこにいたから、一緒に行動して
……道に迷ったような。
そんな曖昧な記憶。
夢だったのだろうか。
ふと見ると、何処で買ったか記憶の無い不思議な食材が、私の傍らに置いてあった。