俺の記憶は、四年前の2月1日から始まった。
気が付いたら、俺はいた。兄貴もいた。
幼い頃の記憶はない。なのに、兄貴と過ごした記憶はあった。
両親はいない、というか知らない。本当にそんな人たちがいるのだろうか。どうにも実感が湧かなかった。
家族は兄貴と俺。二人だけ。親戚なんて見たことも聞いたこともなかった。
二人きりの家族。たった二人の家族だけど。不満はないし、むしろ──だった。
兄貴は俺のこと、大事なんだって。物好きだけど、嬉しいな。
俺みたいなのでも、兄貴は見てくれるから。
仕事が忙しかったりする時もあって、その時は置いていかれた気分になるけど。
兄貴は帰ってきてくれるから。お留守番しながら待っておくんだ。
─────
…あいつみたいに、俺にも『父さん』とか『母さん』っているのかな。よく分からない。
あいつは、眩しすぎたから。でもそれが、あいつだから嫌じゃなかった。
─────
気が付いたら、中学校に入っていた。
俺は、──僕はそこで。
傷を付けられた。兄貴は『癒えない傷』だって言ってたけど。
身体の傷はもうないのに、変な話だ。
その時は、何がいけなかったのだろう。みんなに嫌われてしまったのは僕のせいだろうけど、詳しくは分からない。
毎日、毎日、僕は──
殴られた。蹴られた。叩かれた。石を投げられた。水をかけられた。持ち物を隠された。壊された。服を破かれた。脱がされた。縄で縛られた。写真を撮られた。ありもしない噂を流された。身体も心も、徹底的に追い詰められた。
「だれも…たすけてなんてくれなかった。」
─────
でも、今は凄く、幸せだ。
お願いだから、今は、今だけは。
「僕も幸せで、いさせて」
【個体名:***-1】
【所有者:――***】
【識別コード位置:右腰(背面)】
【推定価格:800,000,000,000,000】
彼は、【所有者】に飼われているのだ。
高校生になった、今もずっと。瑠璃井瑞稀は、誰かの所有物。
彼は、自由にはなれない。
彼は、一年後の2月1日に、行方不明になる。
それは、避けられない未来。
彼には、『幸せな』未来も、過去もない。
─────
「だれか…たすけて。」