Prologue "Sarada Mana" side of IBARAcity
わたしの名前は皿田 麻菜(さらだ-まな)。11才の女子だ。
本来なら小学五年生にあたる年齢だが、今は学校にも通わず自宅で趣味のロボットプラモを作ってはバラし、時には塗装し、時には改造し、ある程度完成すればInternetsやSNSに晒して酷評を得る日々を過ごしている。
両親は物心ついた頃にはすでに亡く、ずっとふたりの姉が働いて稼いだカネで細々と暮らしてきた。
わたしはもちろん働いていない。法的に働けないのもあるが、わたしなんかに出来ることなんてほとんどないからだ。
とはいえ、もちろんわたしだって引きこもりというほどではないにしろ登校拒否を続けていることに対して何の引け目も感じないほどに厚顔無恥という訳でもない。
ただ、はじめて登校拒否の意思を家族に伝えた時、姉は……上の姉は「学校なんてクソ」「級友なんてゴミ」「お前はそれに早くから気付けて本当に偉い」「復学なんて考えなくていい」「金の心配はするな」と言ってくれた。なんか余程のトラウマでもあったのだろうか。
下の姉は「お前は本当バカ」「周りに合わせようとして潰れるとかザコ丸出し」「人生なんて適当なウェイヴにしれっとライドしとけばいいだけのヌルゲーなのに……」「将来の心配は将来しろ」「ザコは家で寝てれば?」とか言われた。お前はお前でなんか無責任だな……でも、何も考えてない訳じゃないってことくらいは知ってる。
どっちにも頭が上がらない。この家においてわたしは間違いなくお荷物だ。底が破れた貯金箱かもしれない。
きっと全部この身の拙さが、この心の幼さが原因なんだ。
だから――わたしは、はやくおとなになりたい。
そのために、わたしはこんなわたしにでも出来る何かを一刻でも早く見つけなければいけないんだ。
「……ということなんだけど。どう思う、エキセントリックサラダロボXX改3号機ver2.7拠点強襲型寒冷地仕様」
《まずはネーミングセンスを磨くとこから始めてみたらどうかな(半ギレ)》
「このゴージャスな名前のどこに不満が……!?」
……この街に住む人は、全員何かしらの異能というやつを持っている。
わたしの異能は「イマジナリィサーバント」。想像上の従僕という意味だそうだ。名付け親は上の姉。
短時間、無機物に対して疑似人格を与えることが出来るという使い途のよく分からない異能だ。
姉たちが家にいる時間、特に3人が揃う時間はそれほど長くない。だから、わたしの話し相手を作ることだけなら余裕でできるこの異能はわたしにとっては結構役に立っている。ただし他の何の役に立つのかがさっぱり分からないのだが。
だからあの日、何処からともなく聞こえてきたあの大音量の宣告にも多少うんざりしただけで、何の感慨も抱くことはできなかった。どうせわたしには何も出来ない。その程度のこと考えるまでもなく分かったからだ。
侵略……侵略か……。意味は分かんないけど。勝手にすればいーんじゃねーかな……。
なー、サラダロボ。
《とりあえず機体名から自分の名前抜くとこから始めようか(半ギレ)》
話聞けよ(半ギレ)。
episode 01 : "MANASARADA"
「…………はっ」
唐突に投げ出された違和感とともにあたしは意識を取り戻した。
イバラ?ハザマ?……侵略?
遠い昔に聞いたような単語の羅列、そして、そのどれもに親しみを感じたのも事実だった。
そうだ、あたしは。
「故郷……ファーメリア大陸が閉ざされて、流れ流れてたどり着いた場所が確か"否定の世界"アンジニティ」
「イバラシティへの侵略が決まった時、あたしも記憶を凍結されてイバラシティに侵入することになったんだっけ……」
今更すぎる……。
捏造された記憶のせいでもう10年以上イバラシティで生きてきたみたいな気分が全然抜けない。
いくら本当の記憶を忘れてたとはいえイバラでの現実はちょっとあたしには重すぎた。
せめてコッチにいる間くらいは出来る限りシリアスはお断りしていきたい所存である。
あたしはどっちかって言うとギャグ時空の住人だと思っているからな。なおこれは自虐ではない。
それに……
「侵入先の家族の名前、まさかエリ子とマチ子にしちゃってるとはにゃー……」
記憶凍結されてるはずなのに、どういうこと?????
やっぱりあのふたりとの因縁は世界を跨いでも絶ち切れないってことなのだろうか。
それが例え異能によって受肉させられた想像上の従僕に付けられた仮の名前だったとしても。
…………まあ、生み出した本人すらその事は記憶の奥底に封印してしまってたみたいだし。
結局はそういうことなんだろうな。――依存、という言葉が脳裏を過る。
「がる……」
「ぐるるるー」
「お?おー!お前たちも来れたんにゃか。よーしよしよしよしよし」
思索に耽るあたしの傍にふらりと現れたのは二頭のマンティコアだった。マンティコアはいわゆる幻想生物だ。中でもこの子らはファーメリア大陸でずっと飼っていたかわいいやつらである。名前はがるるとぐるる。ふたりあわせてがるぐるだ。
こいつらがどうやって侵入してきたのか今のところ全然まったく分かっていないのだが、どうやらいつの間にかペットの犬猫としてイバラシティの皿田家に潜り込んでいたらしい。……いや、意味分かんない。
マジでどうやったのお前ら?ちょっとこわいんですけど。
そういえばこの子ら、ここにきてから心なしかサイズが縮んでいるような気がする。しかも何故か濃いめの半透明だ。若干キモい。
これはでも、まあ、仕方ないのか……あたしもファーメリアを離れてから何故かサイズが縮んじゃったしな……。いやまて、それはおかしい。理不尽を感じる。
140ちょっとあった伸長が126になるのはいくらなんでも異常だろ。意味が分からない……。
まあ、それはそれとしてだ。
「それにしても、侵略……。侵略開始、かー……」
話は戻る。侵入していたアンジニティ勢力に対する侵略開始の合図があったのである。
あったのである、が……
「正直あんなオッソロシイ街に住みたいとは思えにゃいんだよにゃあ……」
まさか街中に突然外国とか惑星とかビーダマンスタジアムとかが出現するなんて夢にも思わないじゃん?
いや、ビーダマンスタジアムは別にそこまでおかしくはないけど。
熱いよね。ビーダマン。
そうじゃなくて。
「いくら侵略ったって、行き先はもうちょい選んでほしかったよにゃ……」
うーん…………。
うん。決めた。止めよう。
こんなオッソロシイ街への侵略は中止すべきだろ。将来的に考えて。将考。
立場的には侵略側だったけど、ここはひとつアチラに寝返って防衛に回るとしようかな。
さすがにこれは、アンジニティに帰った方がまだマシだと思うわ……。
こうしてあたしの行動方針は決まってしまったのであった。さてはて、どうなることやら――――