【ネオンという少年】
\チャリーン/
\センキュー/
\シャリリリン/
頭の中で哀れみの鐘が響く。
頭上に浮かぶ数字が回転し増えていく。これで合計金額が140万5342円となった。
おそらく3,000円程度の投げ銭があったと思う。
ネオンは少しため息をついて周囲を確認すると20代女性が好奇の目でこちらを見ている姿を発見した。
明らかにその人が投げ銭をしたと、経験と、「目」でわかった。
みすぼらしい自分がその日暮らしのお金を漁っている醜い様子に憐れみを感じてしまい投げ銭したのだとネオンは予想する。
異能の条件さえ満たせば投げ銭は自動的に回収されてしまう。これは本能でわかっている。というより以前いた世界での生活環境が変質した異能であるため直感で理解できただけである。
①投げ銭したいという気持ち
②具体的な金額
の条件を満たせば相手の現金や電子マネー・貯蓄から回収して自分のものとなる。
今回は約3,000円であった。
ネオンは今手に10円を握っている。
自動販売機の小銭口にて手を入れて見つけたお金で、日々の収入であった。
それに比べると3,000円は大金である。数日食に困らないだろう。
嬉しいはずの金額だが、端正な顔が悔しさで歪む。
(僕は…そんなお金…望んでいないのに…)
この異能で獲得するお金は、自分の意思で拒否することができない。通知音を消すこともできない。
相手が無自覚で、かつ自らが望んでいなくても、投げ銭を受けた恩義には感謝しないといけない。ネオンはそういう性格。
「ぅぐ…あ、ありがとうございます…」
「…え? 私に…? お礼を言われることはないも」
「…それでも、ありがとうございます…」
「いえ、どういたしまして? ?」
少年は逃げるようにその場を去る。
後ろから待ってと呼び止める声があったがすぐに消えた。
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「は~…危ない人じゃなくて良かった…」
河川敷で半額おにぎりを2つ食べながらため息を吐いた。
「投げ銭する人ってなんか怖い人が多いんですよねぇ…。この前も腕を掴まれて路地裏に連れて行かれそうになったし…」
そう言って、短い経験の中で得ている知識で考えられるそのあとのことを想像して身震いする。
恐怖の感情を紛らわせるためおにぎりを一気に口に入れて飲み込んだ。
「今日のお仕事はまだたくさんありますけど…どうしようかな…」
設置された公共の時計を見ると午後3時を指していた。
「今の時間なら図書館で勉強しましょう。下校した小学生がいるので何も言われないでしょう…」
そう決めて早速図書館へ向かう。
ちなみに図書館などに入る際は、大人の背後にくっついて親子の振りをするのが処世術の一つである。
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机の上には数冊の本が並んでいる。
算数や社会といった学業の本から、背を伸ばす本・社会人生活本など。
小さな頭ではまだ理解できないことも必死に詰めていく。
(この時間が一番幸せかもしれません…もっとお金があればたくさん勉強できるのでしょうね)
ふと、別のテーブルに座る小学生達が嫌そうに声色で宿題をしている姿が見えた。
(学校、行ってみたいなぁ…。そんなに嫌なら代わってもいいんですよ…。)
なんて嫌な事を思ってしまったんだと振り払うため頭を降った。
(今日は、もう頭がいっぱいなので帰りますか…)
本当は別の理由であるが、そう納得して帰る準備をする。
身分証の類がないため図書カードは作れていない。本をすべて元に戻して外へ出た。
\チャリーン/
\センキュー/
\シャリリリン/
外を出て十数m、鐘がなった。
金額を確認すると21,000円。悪寒が走る。
慌てて後ろを見ると図書館から出てくる中年男性と目があった。
「あっ…、あり…うわぁ、ご、ごめんなさい…!」
すぐに駆け出して、交番がある人通りの多い場所へ向かう。
「ちょっと君ィ!まちなさい!くっ」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
後ろを振り返る余裕もなく全力で逃げる。
すぐに男性の声は聞こえなくなっていたが気付いていなかった。
小さな雑貨屋の前で息を整えている。
「はぁ…はぁ…。あの人…はあっ…多分、危ない人だっ…ハァ…」
全く知らない人だったが、そう思える根拠がある。
投げ銭の最高額が21,000円。そう思うのはそれ以上の金額を見た事がないからだ。
そして、その金額を投げる人に何度も危ない目にあっている。
「んっ…はぁ…あの人も『目』が…他の人と違う気が…する…はあぁぁぁ…」
少し泣きそうになるが上を向いて堪える。
その時、雑貨屋さんのガラスの向こうにあるものが見えた。
ネオンは電子マネー対応店だと確認すると息を平常にして入店する。
「お兄さん、これください。お金は電子マネーでお願いします」
「…これどうするんだい」
「親に頼まれてお使いしてるんだ。僕は子供に絶対売ってくれないって言ったんだけど、工事?とかで手が離せなくてどうしてもって。カードも預かっているんだ」
「…そうかい。10,800円と8,000円と2,160円で計20,960円だよ。そこにタッチして」
「ありがとう!」
緊張でゴクリとツバを飲むと、手で覆いかぶせたカードで電子決算する。
ピッと完了音がすると目にみえて安堵する。
その様子を怪訝そうな態度の店員だが、深くは追求しなかった。
ネオンは頭を下げてお店を出る。
すぐ路地裏へ走り、袋を開けた。
「ベルト」
「携帯用ミニ警棒」
そして「防御カバーのついた小型ナイフ」
小さな警棒をズボンの中に引っ掛ける。
そして、上の服を脱いで上半身にベルトを巻き付け、小型ナイフを差し込む。
武器を携帯した安心感でその場で座り込んでしまう。
「うまくいってよかった…。」
頭の上の数字を確認すると20,960円引かれている。
この能力を使うのは二回目。
一回目はこの世界に来て、何もわからないまま空腹で死にそうでコンビニで万引きをして、偶然発動し事なきを得た時。
二回目が今。
一回目でこの能力は体の一部を当てると溜まった投げ銭から電子決算ができるものだと理解できた。
その後、怪しまれないように普及している電子決算対応カードを偽造し所持していた。
手でカードを隠すように持っていたのも偽造がバレないため。
それがうまくいって良かったと何度も呟いて、胸のナイフを抱きしめた。
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夜。ダンボールハウスストリート。
浮浪者が集まってダンボールハウスを無造作に建てまくり、治安が悪くなったことで一般人が近寄らなくなった通り道。
その中の建つ小さなダンボールハウスで、ネオンは横になっていた。
「今日は冷え込みますが…不思議と寒くないですね」
初めて仕込んだ凶器の熱がまだ引いてないなかった。
「…今日のような事があれば、どう対処するか考えながら寝ましょう…」
ダンボールの布団を厚めにかぶり、ナイフを抱いて目を閉じる。
今日はいつもより安心して寝られる気がした。
「明日も…頑張ろう……」
白い少年の一日が終わった。