第一幕:████
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彼の報せから早数日――数週間か? 否、数ヶ月かもしれない。
いい具合に漬かった脳は忌々しい時間の経過を曖昧にした。それは自分が望んだ事で今更後悔も何もないが、自分がまともではない事など自分が一番よく知っている。
幻覚と幻聴、せん妄の類であった線は捨てきれず、相談相手も何もいない自分にはあれから何日経ったのかとか分からない。ただいつも通りに、夢か現かの区別すら付かないまま何て事のない自分の日常を自分なりに謳歌していた。
そんなこんなで今日も飲んで、どろどろに意識を溶かし瞼を閉じても開いてもきらきら白く瞬く世界に魅されながら意識を手放した。
筈だった。
――夢か、現か?
茫とした意識の中 壁に凭れ掛かり座っていた筈なのに、立つこともままならない状態である筈なのに立っている事に小首を傾げて、手放す前に感じた白の眩しさとはまた違う――黄金色の光に目を向けた。
現実ではありえないような、大きな時計台。
幻覚にしては輪郭がしっかりしているし、きっとこれは夢だろう。夢を見ること自体は今でもあるのだろうが、夢であるとこうして認識するのも、夢から覚めた後も憶えていられそうな夢を見るのもいつ振りだろうか。圧巻され、忘れていた呼吸を再開すれば感嘆の息が漏れた。
夢 か
現 か
或いは
そんな己への問いかけは、
喧しい男の歓迎する声で妨害された。
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███:なれはて
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「……」 |
喧しい男――榊と名乗ったその男が口にした言葉を鵜呑みにするのなら、だ。
彼の報せは狂った脳の異常が見せた妄想などではなく紛う事無き現実らしい。ペラペラと語り続ける男の声をそれとなく聞き流しながら現状を把握しようと周囲に目をやる。
暗いが見えないほどの暗さではない。あの時計台が放つ光源の有無は関係ないように見える。
足元は、硬いな。コンクリートだろうか? 履いた覚えはないが、履き慣れたいつもの靴の先で地面を突いてみたが素人目には判断し難い。ただ整備されているとは思えないほどにボロボロだった。
ボロボロだと感じるのは、自分が『恵まれた世界から来たから』なんだろう。
普通なら何が何やらといった風に「は?」と言っているのだろうが、少なくとも自分は――この世界の惨状を見ながら聞き流しつつも要所々々で留めておいた情報をなぞれば、すとんと腑に落ちてしまった。それに……
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「……」 |
男の声に促されるまま振り返る。そこにいたのは異形の――男曰く『ここに生息する者』がひとり。ぽっかりと空いている両目は男にではなく自分に向けられていたし、上げられた呻き声は間違いなくいつかの自分が上げた怨嗟の声そのものだった。
分かっている。目と口に見えるだけでただの空洞だ。声と認識したそれだって発声器官があるようには見えないし、きっと風の音だ。断じて顔なんかじゃないし、人じゃない。違う。
本当に?
…… 顔だったとしてもだ、顔しかないそれは間違いなく人ならざる者で、多くがこの人を怪物だと認識するのだろう。参ったな、やりづらい事この上ない。一度そう認識してしまえば人間たるものそう簡単には割りきれない。
彼、或いは彼女は≪人間≫だ。
嗚呼、普通なら怖いんだろうな。
だが、同族ならば恐怖を感じる必要はない。
ここで経験した事はあちら側に持ち越せないらしいし、やりづらいがいい機会だ。
さっさと片付けて、起きて、飯を食べて二度寝しよう。
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「……わかった」 |
久しぶりに、笑えた気がした