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何てこった。
思わず口を衝いて出てきてしまったが、少なくとも僕と同じように巻き込まれた
イバラシティの住民達の中に、それを笑う事のできる者はそうはいないだろう。
アンジニティ、そして侵略。
こういう事だったのか。
日常に突如として突き付けられ、だがそれっきりだった、ただの……と言うには
少々規模が大きすぎるが、結局のところイタズラの域を出ないと思っていた、
榊と名乗る男が言っていた事は……残念ながら、事実だったようだ。
それを確固たるものとするかのように、あの時脳裏に浮かんできた胡散臭さの塊のような男、
榊その人が目の前に立っている……胡散臭さの元凶とも言える、その怪しげな笑顔を貼り付けて崩さないまま。
戸惑う僕の事をさして意に介さず喋り始めた内容によると、
このハザマという場所で侵略行為が行われるらしい。
さて……本当にどうしたものか。
侵略行為、つまりは……まあ、暴力的な手段に訴えるものが最も簡単かつ効果的だろう。
僕の"能力"は、警察、軍属者、格闘家達の持つ"能力"とは違ってこの手の暴力沙汰には全くの不向きなのに。
やはりここは同じような境遇の人を探して、徒党を組むのが安全だろうか。
しかし、全く、何で僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
探せばもっと適任だろう人はいくらでも見つかるだろうに。この男の選定はどうにもいい加減なようだ。
状況を整理するため、努めて冷静に頭を回転させているが、流石に理解が追い付かない。
だが、突然の出来事の連続に驚き戸惑う時間は、どうやらあまり残されてないようだった。
ふと妙な気配を感じて振り向くと、赤褐色の不定形状のアメーバのようなものが不気味に呻き、蠢いている。
動きこそ遅いが、しかしそれはじわじわとこちらに近付いてくる。流動するにつれ垂れ落ちる粘性の液体が、
まるでその呻きを表現するかのように、顔のような模様を作り出しながら。
どう考えてもフレンドリーな解決は望めなさそうだ。というか、明らかに敵意のようなものを感じる。
たまらず榊の方を見る。
ハザマに生息する生物、だと、表情を崩さぬまま、まるで知っていたかのように言い放つ。
この場所はこんなのばかりなのだろうか。勘弁してほしい。まだ隣国グンマーの方がマシなんじゃないだろうか。
尚も祈るように目配せをしてはみたものの、彼はそれきり何も言わず……
いや、応援とも野次ともつかない事を言ってはいるが、そうするに留めてこちらを伺っている。
助力には到底期待できそうにないな、これは。ほらほら近付いてきますよ、じゃないよ。助けてくれ。
諦めと少しの抵抗の意を籠めて、深く溜息をつきながら赤いドロドロに向き直る。
テレビゲームはあまり頻繁にプレイする方ではないが、スライムやウーズを弱い相手と見做せない程度には
その手の経験はあるもので、少なくともそのまま突っ込むような愚を冒す様な最悪の事態は回避できた。
果たしてこいつはどうなのだろうか。僕にも何とか対処できる手合いなら本当に嬉しいのだけど。
まあ、そうでなくとも、こんな得体の知れないものに身一つで殴りかかるような無謀は絶対にしたくないのだが。
辺りを見回し、丁度良く転がっていた棒切れを手に取る。
この年になって勇者様ごっこもないものだが、もうやるしかない。
意を決して深呼吸し、目を閉じる。
――暗闇の中、見慣れた光の線条、"道"が見えた。
つまりそれは、僕の"能力"が発現した証拠だった。
どういう事だ?"探し物"なんて思い浮かべていないのに。何で今"道"が見える……?
これは、もしや……?