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Diary | ||
あれはいつ頃のことだったか。 大尉はツルギを自宅へ喚んで、ツルギにだけ秘密を明かしたのだ。 「人類の英雄か。人類の……」 大尉は自嘲するように笑ってグラスを一気に空けた。ツルギが止める間もなかったが、彼はけろりとした顔で言葉を続けた。 「別に地球を守りたくて戦っているんじゃないさ」 「え……?」 空になったグラスを置く。バイザー越しの視線がどこか遠くを見つめているような気がした。 「俺が軍人になった理由は……地球のためじゃないし、英雄になりたかったわけじゃない。そうするしかなかったのさ。俺は……普通の人間じゃないからな」 大尉は腰のナイフを抜くとそれを剥き出しの腕に当てた。 「大尉……?」 「見ていろ」 彼はいきなり腕に当てたナイフを引いたのだ。痛々しい光景を想像してツルギは目を背けた。しかし、想像していたのとは異なり、変な音がした。液体の流れ落ちる音などではない。金属と金属が擦れ合う嫌な音だった。 「よく見ろ」 恐る恐る目を向けると、腕に出血はない。傷がついた後もなかった。ツルギは目を丸めた。大尉はナイフで自分の腕を突き刺してみる。かんっと金属音が響き、ナイフは腕から弾かれた。ツルギは目を見開く。 「生身じゃないのさ。これが俺の身体……」 「生身じゃ……ないって……?」 「『生体金属(バイオメタル)』と『生体機械(バイオマシン)』。俺は身体の半分が生体金属と機械なのさ」 「バイオ……?」 聞き慣れない言葉に一瞬脳が麻痺した。しかし、すぐにそれが意味することに気づいて息を飲んだ。 人体改造……それは禁じられたものだった。 「せ、生体……機械兵器じゃないですか。生体に機械を組み込むことは特定の医療機関以外では使用を禁じられている……大尉、貴方は一体……」 過去、対地球外生命体において人体改造は認められるべきと議論が上がったが、人体改造は個人の人権、人間性を剥奪するものとされ、認められなかった。現在では医療に用いる以外の用途では人体に機械、金属を組み込むことは禁止されている。 しかし、生身の人間が対地球外生命体と戦うことは地球外ウイルスに感染する恐れが高いため、白兵戦では基本的にバトルスーツ(簡潔に述べれば人間が全身に纏う小型の機械兵器)を着用することを規定されている。 「そんな顔するなよ」 大尉の口元に笑みが浮かぶ。 「誰が好き好んで人体改造なんかやるんだ。俺は……改造されたのさ。マッドサイエンティスト……兄貴にな」 からんと氷が砕けた。 「元々の俺は強くないさ。俺はこの忌まわしい肉体があるから英雄でいられるんだ」 ああ、そうだ。あれからだ。 大尉を英雄ではなく、戦友と思うようになったのは。 ツルギにとって大尉は英雄に違いないが、英雄も一人の人間なのだ。 人間である以上、英雄にも感情はある。 強さも弱さも脆さも持っている。 それを知って英雄に親しみを覚えたのだ。 ***** ***** ***** 「……っ」 気がつけば最初の広間に戻っていた。赤い青年に挑発されて、攻略戦に挑んだものの、初めて見る魔法に怯み、いつの間にか気を失っていた。 「痛っ……エトランジェなら魔法に強いんじゃなかったのかよ」 身体を起こそうとしたものの激痛に丸まって寝ころぶ。 「馬鹿。中身はな。器はこの世界の人間なんだ。無茶すんなよ」 名も知らぬ男がそう言った。そう言えば肉体がどうのとか少女が言っていた気がする。ショックでその辺りの話をきちんと聞いていなかった。 ツルギは彼に軽く礼を述べた。彼が助けてくれたのだろう。確か、同じ部隊にいたような気がする。 彼は変わった格好の男だった。中世を彷彿とさせる服装に帯剣だ。地球の遥か過去の時代か、はたまた異世界の地球なのか。刀剣類が主力とされる時代から召喚されたのだろう。 口には出さないが、相手からしてみればツルギの格好も相当変わっているに違いない。特に武器。ツルギの時代において最新鋭機のライフルを模したものだが、文明が異なれば怪異なものとして見られるか、好奇の目で見られるかのどちらかだ。 「アンタは来たばっかなんだろ。どんな功績を残した英雄さんか知らねぇけどよ、暫くは防衛戦に参加して様子を見てな」 「英雄、か……」 休息を取りながら、辺りに視線を巡らせる。ここには様々な世界、様々な時代、様々な人種が集まっている。皆、幾多もの修羅場を潜り抜けてきた強者達なのだ。 ツルギもそこそこの戦果を上げていたが、それはロボットに乗っているからこその結果だ。生身での白兵戦の実戦経験は少なかった。自分一人だけ浮いているようだった。 そもそも本来召喚されるのはツルギではなかったのだから…… 「ま、なんとか……なるか。特別に見るから変に意識してしまうんだ。要は普段と同じようにすればいいんだ」 |
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