よくわからんが、ラスボスが倒されたという報が入ったのは少し前のこと。
最後の一戦前にみんなと合流して、別れの言葉を交わし、今俺は1人で道を歩いている。
とりあえずユディタの森でいろいろ考えようかと思ったが、何か事情があって森を一時的に閉鎖すると言っていた。

「……静かですね」

俺の隣を歩く白馬、もといユニコーンのセレスが小さく呟く。
本当に静かだった。他のエンブリオたちは既に解放していたから。

まずはスマホに入っていたヘカトンケイルを外に出したのが始まり。
アリエス、オルトロス、ヘカトンケイル、マンドラゴラがまずその場を去った。
帰る場所がはっきりしている彼らは早々に開放した方がいい。
特にオルトロスが名残惜しそうに俺の周りをぐるぐると歩いた。
その大きな体のぬくもりと柔らかい毛に何度癒されただろう。そう思うだけで涙がにじんだ。

それらを見送りながら、ヴァルキリーのミュミュも帰る旨を伝えてきた。
剣の稽古の相手をしてもらったり、彼女にも大変世話になったものだ。
涙をこらえるようにくしゃっと笑った彼女に、俺も笑顔で応じて手を振った。

「私たちもそろそろ行くわ」
シズカ……本当の名前はフローレンシアだったか。
彼女とシスも、妖精の森にいるらしい異世界の俺を捕まえてから、元の世界に帰ると言った。
元の主の心配ばかりしていたシスも、同じ顔をしていた俺にもなんだかんだで情が移ったらしい。
ぼろっぼろに泣きながら、俺がちゃんと元の世界に帰れるようにと手を握って祈ってくれた。
シズカはあっさりしたもので、いつもの通り意味ありげに微笑みながらシスを引きずって行った。
……シスの顔を見ると、父の部下でよく遊んでくれた静を思い出す。
久しぶりにホームシックじみた感慨が胸に戻って、少し寂しくなったが、まぁもうすぐ帰れるし。

シェリーは最後の最後までふてくされた顔をしていた。
少し迷ったが、ユディタに頼れるよう話をつけて、そのことをシェリーにも伝えた。
元は独りだったらしいシェリー。今ではこうやって言葉で交流できる相手と長くいたから、
また独りきりになるのは寂しいのかもしれないと思ったが、余計な事だっただろうか。
彼女は一度頷いて、さようなら、と小さく呟いてすぐその場を離れてしまった。
ユディタの森に行くのは少し待てと伝えたし、もう少し一緒にいられるかと思ったんだが。

そして今隣にいるセレス。こいつとももう契約は解除してある。
ただ、こいつだけが「最後まで見送る」とついてきた。
同性で言葉を交わせたということもあって、一番多くを語った相手はこいつかもしれない。
かっこいい馬だし。ユニコーンだし。女装してまで捕まえたんだっけな。

「……本当に、静かで……」

もう一度、セレスがそう呟いた。しみじみと。

あともう1人、マリー、彼女との別れもあった。
しかし、この解散の場に彼女はいなかった。
その少し前に、既に消したのだ。
そう、消した。成仏させたって言った方が近いか。

俺自身を強くするためには、一番つながりの強いエンブリオを強化する必要があった
俺が強くなればなるほど、マリーも強くなっていった。
そしてそのときが来るのを、虎視眈々と待っていたのだ。マリーの腹に突き刺さっていたあの剣。剣に棲む魔性が。
マリーが油断しきるまでその身を潜め、ラスボスが倒れたという報せで俺も気が抜けたそのとき、一気に牙を向いて見せた。
完全にマリーの体(正確には二人のものらしいが)の主導権を奪い、俺に襲い掛かってきた。
魔剣だったそれがエンブリオという道具以上になれない身になってしまった以上、
世界に干渉するにはもう強制型エンブリオになって俺を乗っ取るしかないと。
俺の所属する世界を元の世界からこのメルンテーゼに呪いで切り替えたのも、
力の蓄えが終わる前に俺に帰られては困ると、そういう算段だったそうだ。

「その辺の話、ちゃんと書けばよかったのに……」
「真面目な話してるときにメタいツッコミやめてくれる？」
「しかし、よく刺しましたよね。一時は父と慕っていたこともあった子なのに」

結末から言うと、エンブリオ・ナイトスピリットを殺した。
剣の魔性を殺すにはマリーの体に剣を突き刺さねばならず、そうすればマリーも死ぬと剣の魔性は言った。
マンガとかではなんとかして魔性だけ払って、マリーだけを助けるのが王道だろう。
しかし、今回はそうもいかない。
そもそもマリーはあの剣に捕らわれていることで完全な死を迎えることもできないままでいるのだ。
剣の魔性を払っても、マリーがちゃんと死ななければ、彼女はこの世界の俺である父にも会えず
先に進むこともできないだろう(少なくとも、生まれ変わりがこの世界にあるとすれば)
もちろん嫌だけどさ、マリーを殺すなんて。だけど、それが救いなんだし、割り切るしかない。
唯一惜しむことといえば、マリーと言葉を交わすことが出来なかったことだ。
最後のお別れを伝えるチャンスもなく、剣の魔性が死に絶えるのを見ることしかできなかった。

「……あぁ、見えてきましたね」

俺より目がいいらしいセレスが、前方に目標物を見つけたらしい。
そこはすっかり寂れた墓場だった。
その土地にあった国が滅びて久しく、訪ねる人もいなくなって後は自然に飲み込まれるのを待つだけ。
シズカとセレスで力を合わせ、マリーの墓を見つけてくれたのだ。
肉体こそはないが、元はその国である程度地位のある人間の娘だったのもあり、墓石だけは用意されてたようだ。
この国の墓標は十字架ばかりで、どんな宗教だったのかなとふと気になった。

「おや、あそこにいるのは」
「……、あれ？シェリー？」

俺たちより一足早く、シェリーが墓参りに来ていた。
考えることは一緒か、と思わず笑ってしまった。
が、その笑いもすぐに引っ込んだ。墓前でシェリーが肩を震わせていたのだ。
よく見ると、墓に白いリボンがつけられていた。シェリーが身につけていたリボンで、
一時期シェリーがマリーに服を貸していたとき、そのリボンもマリーに貸していたっけ。
シェリーとマリーは本当に仲が良かった。年が近かったというのもあるのだろう。
そういえば、剣の魔性と戦ったときも、マリーの命を奪うことに最初に賛成したのはシェリーだった。
初めてで且つ一番の友達だったのに、どれだけ辛い決断だったことか。
心に深い傷を負ってしまったかもしれない。……しまった、ちゃんとケアできてないぞ。

「シェリーも来てたんだな」

出来るだけ優しく、背後から声をかけてみる。すると少女は驚いてばっとこちらへ振り返った。
目はすっかり泣き腫らし、頬も涙でべたべたで、髪が頬にくっついてしまっている。
泣き顔を見られたのはやはり嫌だったのか、すぐに顔を背けられた。
しかし、墓の正面から少しずれたところに移動するだけで、遠くまで逃げようとしない。
墓前をゆずってくれたのだろう、厚意を受け取って、俺もまた墓前へ立った。

改めて、墓に結われた白いリボンをまじまじと見る。
……正確にはヘッドドレスだったか。花っぽくなるかなと試行錯誤したのを思い出す。
そうだ、このヘッドドレスを作ったのは、メルンテーゼに来て大分早い時期だった。
シェリーと仲良くなりたくて贈ったんだっけな。
っていかんいかん、そっちへの脱線はまた後にしよう。

「シェリー、ちょっとこのリボン借りてもいいか？」
「……？……、うん、いいよ」

シェリーの許可をもらいながら、抱えていた荷物から飾りをひとつ取り出す。
飾りにシェリーのヘッドドレスのリボンをからめ、一つの飾りのように仕立てた。

「それは……リース……？」

十字架の出っ張りにリースの穴をくぐらせて、完成。
不思議そうに見るシェリーに微笑みかけるも、すぐ視界の外に逃げられた。
最後の最後までこの調子かなと苦笑せざるを得ない。が。

「そう、マリー……マーガレットの名前の由来の花で作ったリースだ。
多分やっと、マリーは解放されただろうから、今こそ墓参りしないといけないと思ってな」

本当、生産分担で作製を担当したのはよかったと思う。
シェリーやマリーに服とか作ってやれたし、最後にこうやって贈り物も作れた。
そうそう、贈り物と言ったら。

「ほら、シェリーにも最後にこれを渡そうと思ってたんだぞ。すーぐどっか行きやがって」

先程と同様に荷物から包みを取り出し、それをシェリーに手渡した。
以前言ったきり、なかなか果たせなかった約束をやっと果たせた。
荷物の中身は、衣類一式。もう1着作ってやると宣言したきりだったんだ。
初めて作った一着より、大分それっぽく作れたと思う。
今そこでリースに絡めたヘッドドレスをより丁寧に、レースも使って新たに作り。
ゴシック・アンド・ロリータのドレスもゴテゴテにならないように気をつけながら
フリルとレースを増やし、大分店先に置いてあるようなもののクオリティに近づけたと思う。
靴ばかりは成長次第ですぐサイズが合わなくなるから諦めて、代わりにゴスロリっぽい傘を用意した。
これで靴さえそろえれば完璧なんだがな、申し訳ないがそこはユディタに頼ってもらうかしよう。
本当はマリーとセットで作ってたんだが、途中でマリーが急成長してしまってな。

ぼすっ

手渡した衣装に思いを馳せながらぼんやりしていたら、何か小さなものがタックルしてきた。
いや、正確には抱きついてきた、だな。視線を下げれば、シェリーがしゃっくりをあげて泣いているのが見えた。
こうやって抱きつかれるのも、こうやって頭を撫でてやるのも、これで最初で最後なのかな。
そう思うと改めて別れの気配を濃く感じて、鼻の奥で少しだけツンとするものがあった。
この世界に俺がいたように、シェリーももしかすると俺の世界にいるのかもしれない。
俺の世界のシェリーも一人ぼっちで苦しんでいたりしたら、助けてやりたいな。

シェリーが落ち着いてから少しだけ言葉を交わし、今度こそお別れだと彼女はその場を去った。
それからはマリーの墓をもう少し綺麗に掃除してやったり、好きだった菓子を置いてやったり。
彼女の遺体は煙のようになって消えてしまったし、墓に入れるようなものはなかった。

「……あの」
「ん、なんだ？」

おずおずと、言いづらそうにセレスがこちらを見る。

「それで、どうやって帰るんですか、あなた」
「分からん」
「即答ですか」
「おう」

ぶっちゃけ本当に分からなかった。
ラスボスが倒れても帰れなかったし、完全に戦闘が終わっても帰れてないし、やりたいこと全部終わった今も帰れてない。

「まぁあれだ、アイテム整理でもしながらゆっくりしようぜ」

そういって、なんとなく黄色い耳当てをつける。セレスは「なにそれ」という眼差しだが気にしない。
まずはとユディタが最後にくれた特製弁当を広げ、それをつまみながら手持ちのアイテムを目の前に広げた。

「ブルークリスタルは、もう使い道ないしな。いらない箱へ。
　家の鍵、これは必須だな。絶対持ち帰る。
　排除……この剣は持ち帰りたいけどなぁ、まぁ物騒だし、いらない箱へ」

ときどき断腸の思いで順々にいらない箱へアイテムたちを放り込む。
セレスが不思議そうにこっちを見ているが気にしない。

「……！つままれ、ミニスフィンクス……これは……」
「それもいらない箱なんじゃないですか？」
「い、いやしかし……」

ためらいがちに、いる箱でもいらない箱でもないところにそっとミニスフィンクスを置く。
やはり不可解そうにセレスがこっちを見てくるが気にしない。
かわいいだろミニスフィンクス。

銃といい食器ももういらない。いらない箱へダンクシュートだ。
そしてきた、一番の問題。コルヌが来た。

「コルヌは……いる箱に入れようか」
「コルゥ〜？」
「あっ、生き物こそ連れて行けないじゃないですか！あなたがそう言ってたでしょう！」
「いやコルヌかわいいし……」

<D>http://akito55.up.seesaa.net/image/crnT.jpg

ほらかわいい！連れて行きたい！

「いやいや、可愛いで連れて行っていいならオルトロスやシェリーだっていけたじゃないですか！
　さぁ、いらない箱へ置くんです！」
「それじゃせめてミニスフィンクス」
「だめです！いらない箱へ！さぁ！」



あぁーっとここで文字数5000です！アキトが帰れたかどうかは、あなたの胸の中で……

低確率で何か足すかもしれない。
http://akito55.up.seesaa.net/image/omake.txt