ハチは、世界の境界に引っかかったまま

もがいても進めず、あがいても動けず

じっと固まったように動けず、見えず、聞こえずにいた

幾度も繰り返し胸によぎる思いはひとつ

――行かなきゃ、ルチルの側に

動けない身体を世界の境目に置き、ハチの心と想いは『世界』へと零れ落ちた

――ルチルを探す。ルチルを守る

強いその想いは、たまたまルチルの側におり

ハチに姿の似ていた――くすんだ白銀の髪に、蒼い（ボタンの）目をした――エンブリオ・ドールへと染み

その本質を『契約者に力を貸す』から『ルチルを守る』と上書きさせた

その後も、キラーウルフに、パロロコンに、ケルベロスに、と

ルチルが手に入れたエンブリオに、一欠けらずつ、ハチは自分の心と想いを上乗せし、『ルチルの側』へと寄り添った

その中でも、脆いドールが戦闘に出る機会はほぼ無かったのだが、ルチルの側にそっと寄り添い、離れることは無く

戦闘でルチルが対峙した、相手からの魔力やネクターの残滓をその身に浴び続け、少しづつ力を蓄えていた

それは運よく、ハチを世界の境界から引き剥がす手助けとなった

（精神だけとはいえ）ドールを初めとしたエンブリオ、という足掛かりを世界に得たハチは、その存在が少しづつメルンテーゼ、という世界に馴染み始めたのだ

幾つにも枝分かれし、数体のエンブリオを介して世界に根付いたハチの精神はその肉体を引っ張り……

切っ掛けさえあれば、世界の境界から解き放たれる事が出来るようになるほど、ハチはルチルの側にその存在を固定した


そして今、魔力の塊と四霊の力を一つの結晶に封じ込めた『四霊結晶』というものがルチルの手元にある

これは、合成の能力を持つルチルが、先日手持ちの材料で作り上げたものだが

中に込められた魔力が圧縮した属性の力をゆるゆると開放し、その日一日使用者の地水火風――属性の力を強化してくれる『ちょっと便利なアイテム』である

使用する度に劣化し、砕けて使い物にならなくなるのだが

劣化する時に放出される魔力の質が、ハチと大変相性が良かった

二日続けて、魔力を十分に浴びたハチは

無意識に願い続けていた、『ルチルの側に行く』という願いを叶えられるだけの力を手に入れ――実行した

手にした結晶に、ぱきん。とひときわ大きなひびが入る
小さな小さな欠片が、傍らにいたエンブリオ・ドールに降りかかった