木高は分割世界でも西に位置する土地の、海へと飛び出した陸地の付け根にて、門客の第三子として生まれた。
父は腕っ節が強く、それ故に流れの身ながら土地の者に取り立てられたが、母はその前の土地にて父と夫婦になり、また元はいくらか雅な出であったらしい、と言う記憶が僅かばかりは木高に残っている。
彼の二親は、族名が「木高」であるからには彼らもまた「木高」であったが、長子次子と続け様に流行病にて失ったことから、殊更に子の成長を祈り願い、名を「唐」とした。

母も出の違いか水が合わず、彼が六つを数える前にはこの世の物ではなくなったが、父は男手一つで木高やその弟らを育て、やがて刺客として出された所を捕らえられ、志も半ばに釜茹でに処せられることになる。
その頃には齢も十を越していた彼は、心身ともに親がなくとも生き抜けるだけの力は有していたが、父の生き方には何処か虚しきものを感じていた。
では出来ることはというと、長ずる所は腕っ節と体格程度であり、それも十に過ぎない身であるので、必然的にまともな職にはありつくことはなかった。
結果、彼は己の分を鑑みて、盗人としての生活を送り始める。

これが天資に恵まれたというのか、驚くほど良く嵌まり、生業として流れ流れてその道を進むことになった。


いくらか調子に乗り、恐れを忘れた彼が仕事を仕損じ、死にかけていた所を山風という賊に助けられたのは先に語る通りである。
山風という男は各地にその子分と隠し金を持ちながら諸国を漫遊し、稼ぎ所を見つけると集まるだけの子分と共に仕事を行っていた為か、名は広く知られ、何がどう違ってか義賊とも呼ばれる輩であった。
蔵に大穴を空け馬を一撃のもとに踏み殺すその膂力は毘沙門天の如きと恐れられ、また拍子を打たせると天下一品であり妙音天の如きと称せられた。
芸は細かく稼ぎも多く、仕事の終わりには金を惜しげも無くばら撒くその姿に木高は、何時しか畏れを覚えた。
山風は元は神事を行う家柄であり、その心得として武芸も収めていた為に、木高も敬い崇め、付き従い或いは離れて稼ぎ所を探しながら、その技をいくらか盗み、それ故により山風への畏れを、信仰というに近いほどまで強めた。

木高は幸せだった。
だが、その幸せも木高が二十を過ぎて後に、崩れ去った。
山風が、突如「仏道に身を寄せる」と書き残し、出奔したのだった。


彼は再びの大きな失望を味わい、進む道を見失う。
そして残った怒りと、只管の恐れとだけを動力に、生きる中で得てきた術のみを頼りにし、彼は今日も道を外れる。

(ひびの入っていた結晶が、手の中で砕け散る)