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翠玉の頃／旅立ちの日




俺の家は、時折笑われる。
父さんが昔、鉢植えが頭に落ちて死んだ。
いつまでも言う奴が居る。しょっぱい死に方だな、って。


父さんは別に剣の達人でもなければ、百人切りの蛮勇でもない。
元から特別高い功績がある存在ではなく、軍に居たら一兵卒でしかなかっただろう。


けれど俺に取ってはヒーローだった。
大きくなったら「父さん」になりたいと思った。


だから俺は、そんな死に方したくないと思った。
罰当たりだと思う。
もっと家を立派にしてやろうと意志に燃えていた。



頑張ろうと思った。
傭われ兵になって戦地に赴いた。世界中で活躍したかった。
死ぬときは誰かを護って死のうと思った。
そして誇り高き戦士として、名を残そうと思った。


ばかげた話だ。現実は上手くいかない。俺は意気地なしだった。
勇気が出なかった。何度も見過ごした。
運良く生き延びて、帰って来た。


同じ位置でずっと足踏みを繰り返している内に周囲との差はぐんと広がった。


子供の見た夢の為に無理矢理足を動かした。つらいだけだった。
目標を叶えるために苦労するのは当たり前なのだから、と言い聞かせた。
意地を通そうとした。

しかし俺は、もう子供の時分には戻れないだろうと思っていた。
やがて足は動かなくなってしまった。

今日も俺は、立派な戦士ではない。
怒られてしまうかもしれない。

その癖欲深いから、持っているものは大事にしたいし、護れる力は欲しい。誰かを護って自分も生還する力が欲しい。

そこに行くまでの段階を踏みたいから、今できる事を確かめたい。

俺は腑抜けた精神を持っているから、諦めたものもあるけれど、自分の在り方を見つけたい。
何でもない事でも続けられそうなら続けたい。

だから、目の前のことを。
俺が動かせるのは遠い未来でも明日でもなくて、今日だけだから。


――ヒーローにはなれないけど、その内誰かに認められたら嬉しく思う。

片膝を突いて合わせた目線は、星屑を映していつもよりきらきらして見えた。

そこに掲げられたのはおねがいと、頭に乗った花輪と。

そう言って、彼女の小さな頭をぽんぽんと撫でた。

そろりそろり。と歩いて、トレノの枕元の近くに、折りたたまれた紙片をそっと置く。

紙片には若草色の文字で文章が書きつけられていた。

『トレノへ

お返事、聞いてないけど、書きたいので、書きますね。
いままで、お世話になりました。

後ろから、いつも、いつも、頑張っているところ、見ていました。
頑張ろうっておもって、今日も頑張ってます。
トレノのおかげ！ぬい、強くなった！気がする！
いつもいつも、ありがとうございました。

さえのりぬい　より』