調理場の燭台に新しい蝋燭を付け替え、部屋一角にバリケードを張る。あらかたこの辺りは片付いているから一晩は凌げるだろうか。モックは元々料理の腕がいいが、心なしかそれをいつもより振るっているように見える。
彼はシエミについて行くことにしたようだ。シエミは厨房の料理酒を掌に乗せ、味見をしては中身を棄てている。私は彼女を呼んで、小瓶のウィスキーを投げよこす。ここの温度ではウィスキーは腐敗しにくいようだった。
私が教えた茶の淹れ方を学んだマルムベリィは、食卓で皆の分の消毒の済んだカップに注ぐ。灯りやキャンピングの準備を終えた私は食卓に座り、幾つかの書類を広げてカップを啜りながら目を通す。
それほど不思議でもない、いつも通りの光景だ。室内であることは非常にありがたいが。

別れの前だから最後くらいは豪勢にと伝えたところ、モックは想像以上の品数の料理を作った。干した貝や調味料、漬け込んでおく保存食などは好んで買い占めていたのを知っていたが、まともな肉料理を前にして酒が進む。一言褒めるとこればかりは取り柄だと恥ずかしそうに返す。
マルムベリィがそれは美味しいのですか？と質問するが、慣れないときつい味です、と返す。目線をシエミに送ると、視線だけを返して無表情で先の小瓶を開けていた。シエミにお前は慣れ過ぎだと言い放って笑う。追加でいくらか安全な酒を探し、テーブルに置く。

よく着いて来れたものだと我ながら思う。彼らは皆バラバラに不安定で、私の元を離れた猛獣がどうなるのかは想像がつかない。が、シエミは私に似たところがあるからそれ程に心配はないか、とも思う。
唯一気掛かりなのはエンブリオとの深い契約関係にあったモックが、この地を離れた時に暴走するかも知れないということだけだった。彼女は上手く収められるだろうか。
マルムベリィは酔ったモックの相手に疲れたようでテーブルでうつらうつらとしている。ご迷惑をかけてしまわないかなどと私に呟く。

モックにとってのシエミのように、私に取ってのこの聖女だろう。おそらくこの四人の、最もエンブリオに苛まれている私はこの地を去ってどうなるのか、彼女はそれを目の当たりにするだろう。
彼女がもしそれを成すとき、私が彼女にしてやった時ほどには丁寧には済むまい。ゴーレムの笑う声が聞こえる。酒は思考と意識を奪うがその隙間をも彼らが埋めて行くのを私は感じていた。

迷惑と思ったことはありませんよ、と返事を返して私は話すかどうか迷った内容を彼女へ話すことに決めた。

大剣を放り出し、構えを取らない。