翠玉の頃／星屑の梯子の日

そうフレリアに頼まれて時間を作った。

「私、ずっと後悔してることがあるの」


「トレノ君に言ったって、仕方ないんだけどね。聞いてくれる？」


「前に犬の獣人が苦手だって話はしたでしょう？それとも、関係するんだけど…」


「個人的に、精算……とはまた違うんだけど、その、納得させたいところ、あって」


「ただ楽になりたいだけなのかもしれない。けど……」


「懺悔を、したいことで、しなきゃいけないことで――」







それから彼女はゆっくりと話し始めた。

彼女の声が震えていた。

声に限らず、彼女の全てが不安定なのだと見て取れた。

耐えきれなくなった彼女が肩を抱く。俯いた顔から鼻を啜る音が聞こえた。

怯えた瞳が此方を見た。

フレリアは俺を見ながら２、３歩退いた。

それは、俺の言葉では無かった。
俺がその場で作った、出来の悪い台詞だった。

沈痛な鼓動が胸を突く。とても辛い。
こんな事をする意味はないと賢人は言うだろうか。

けど関係ない、俺は偉い人ではない。
そう自分に言い聞かせて、ふざけた茶番を続ける。

俺は、英雄にはなれないから。

痛い。

フレリアの頬を、ぼろりと大粒の雫が伝い落ちた。

天使になれなかった少女が震えている。


揺れた双眸が、こちらを可能な限り離さないように捉えている。


震えた唇で一生懸命懺悔を口にしようとしている。


今にも崩れそうな脚も、整わない息遣いも、逃げ出したいのに逸らせない視線も。
全て、まるで化けて出た本人と対峙したかのような焦燥と畏怖を見せていた。

対峙しているのは勿論他ならぬ俺であり、すべからく意識する必要は無い。

きっと容姿だって話中に出てくる子とは違うだろう。
それでも、彼女には大きく影響を与えているようだった。

俺は、英雄にはならない。

俺には立派なことはできない。


けれど、もし。もしも俺がその子であれたなら。

君を赦してやりたい。
だから――

痛い。


俺がしていることは、すべて嘘になってしまうけれど。
死者への冒涜かもしれないけれど。


痛い。


どうかそんな顔をしないでほしい。
とは、以前俺が上司に戦力外通告された時にも思っただろうか。


可哀想に。
気負わないでほしい。
君自身を許して欲しい。



――僕は、友達の顔を歪ませたくない。

彼女の潤んだ紫眼が一際大きく開かれた。

今のは――確かに俺の目が見ていて、俺の口が喋っていたのに。
確実に俺ではなかった。


初めは嘘だったものが、後から真実となる。

その奇跡は一度で終わらず、フレリアの身体が宙に浮く。

それは、翼で羽ばたくのとは少し違うけれど。

俺は、俺の言葉を素直に口にする。

エンブリオ達は覗き見が好きと見える。

他の分割世界から彼女が来た意味。

世界と世界がどう繋がっているのかなんて俺には見当も付かないが、此処に来ていた“彼”と彼女は話を出来た。

別れというのは突然訪れるものだ。

フレリアは上空へと登っていく。
見ると、雲の隙間から光が差し込んでいた。

雲を突きぬけた先が彼女の帰る相応しいような気がした。


魚人に生まれた彼女は、どうしたって天の使いにはなれない。
けど……この世界でくらい、そう呼んでも良いのではないだろうか。




■お魚少女メモ10
彼女は星屑に囲まれ宙を舞う天の使い