シュガーは夕食前にも関わらず遊びに出かけたアニマと安徳帝の霊を追いかけて王城内を歩き回り、結局のところ屋上のカフェに来ていた。そこにはシスターシリカがトロイアのプリアモス王と王妃ヘカベの霊を伴ってテーブルにあり、アニマと安徳帝の霊はテーブルに加わって老王達と会話に興じたのだ。

シュガーとシスターシリカは主上と老王とに畏まり立っていたのだが、霊の見えないカフェの店員が空気のほうを読んで椅子を持って来てテーブルにしつらえてくれたので、対面で座り合い、シュガーもシスターシリカも霊達の会話に加わる流れとなっていた。

空は澄み渡った青で、夕暮れ前の斜めの日差しによりカフェのテーブルの脚の影は長く延びていた。アニマがシュガー達のドラゴンハントの顛末をプリアモスとヘカベの霊に語り聞かせたりなどして楽しい一時が過ぎて行く。シスターシリカに指摘してアニマはトロイアに縁ある神霊の姫君であることが分かったのだが、当のアニマには何の自覚もなかったようだ。

テーブルにシュガーとシスターシリカが混じったことで一揆の趨勢に関する議論が始まった。シュガーにしてもシスターシリカにしても、新王パラダイスは民草や公共の福祉を顧みない暗君であり、政変もやむなしとの認識であった。議会や司法、あるいは法王といった、王権に対するカウンターパートの働きかけによる合法的な退位が望ましかったわけだが、新王には人の認識を操作する能力があったらしく、有効には機能しなかったようだ。

シュガーは続けた。次の騒乱の種は王が担っていた権力を巡っての王城内の政争であり、一揆側上層部の権力争いであろう、と。双方で粛正ラッシュが始まるのがよくあるパターンではあるが、メルンテーゼはメルフェン分多めなので、そのような争いごとは起らず、めでたしめでたしで終わるのかもしれない。シスターシリカもきっとそうなりますよと、静かに、しかし、力強く呟いた。シスターシリカは王城に勤務していた分だけシュガーよりもメルンテーゼの文化には詳しいのかもしれない。シュガーにはシスターの言葉がこの上なく心強く思えた。

そして、シスターシリカはシュガーの瞳を覗き込み、改まった様子で言葉を続けた。

その言葉はゆっくりと噛みしめるように続く。

シュガーも居住いを正してシスターに向き合う。

シュガーとシスターシリカは目的の相違からこれまで幾度となく拳を交えた敵同士であった。シュガーは思う。それがどちらかが倒れることもなく、こうして会い向かい合って別れの挨拶を述べ合うことができるのは幸福なことである、と。

シュガーの一揆も、シスターシリカの一揆も、終わっていた。どちらも次の場所へと向かう算段を始めている。

シスターシリカはそれはよいと頷き、アニマに視線を向けて同様に尋ねた。

アニマは唐突な事を言い出し、安徳帝の霊はきょとんとした表情を浮かべ、シュガーは渋い表情を浮かべた。アニマのルーツは古代ギリシアの神霊なのだ。加えて、シュガーの脳裏には平家の怨霊の悲劇的な結末が思い浮かぶ。壇ノ浦怨霊拳を継承してこのかた平家の怨霊になりたいという者に出会った事はない。当の平家にしてもなりたくて怨霊になったわけではない。

しょんぼりとしおれてしまったアニマの姿を見て、シュガーはまた別の事を思い出す。じきにシュガーはメルンテーゼを離れる。アニマはせっかく出会った友達と別れたくないだけなのだ、と。

一揆が始まってからアニマは平家の怨霊と共にあり、すっかり平家の怨霊に馴染んでしまっていたのだ。アニマは平家の竜宮の書庫に入り浸っては漢籍を勉強し、小松家の貴公子達にせがんでは歌や舞いを習い、二位尼おつきの女房たちと仲良くなって一緒に琴を弾き、教経配下の北面の武士にまじって武芸も習った。アニマはどうやら己のルーツに関する記憶がなく、共に同じ時間をすごした平家の怨霊の面々に親しみを感じるのは無理からぬことだろう。

神霊の世界の多少の事情を察しているのか安徳帝の霊はアニマを励ます。安徳帝の霊はアニマの手に己の手を重ね、力強く頷きながらアニマに言葉をかける。主上にしてもアニマはメルンテーゼで出会った年の近い霊の友達でもある。

老王プリアモスの霊も王妃ヘカベの霊も、そして、シスターシリカも、安徳帝の振る舞いに感じ入ったる点があったようでふむふむと頷いていた。みなに見守られながら、手をにぎりあい見つめ合う２人の霊の会話は続く。

安徳帝の問いかけにアニマは思案顔でうつむいてしまう。そして、頃合いを見計らったかのようにシスターシリカは椅子を引いて立ち上がり、ニコリとした笑みを浮かべてアニマの耳元に口を近づけた。その笑みはシュガーが今まで見たこともないよう艶めいたものであった。

シスターはアニマの耳元で何事かをつぶやくと、アニマの耳がみるみる赤くなっていく。アニマと安徳帝の霊は手を取り合って見つめ合う形となり、アニマはますます顔を赤くしてしまう。

アニマは口をパクパクさせ、椅子を立って「そ、そ、そ、そんなんちゃうわー！」と何故か少し関西弁の入った狼狽の悲鳴を上げ、安徳帝の手を離すと、「そ、そ、そろそろ夕飯の時間だし、そ、そ、そろそろ帰るね！ 」とギクシャクした様子で席を立った。シスターシリカもふふふと楽しそうに笑みを浮かべて席を立つ。

シスターシリカは凛とした表情となってシュガーに向き直ると、老王プリアモスと王妃ヘカベの霊も立ち上がる。シスターが指でスターを描くと彼らの背後にトロイアの英霊達の姿も浮かび上がった。ヘクトールの霊に、パリスの霊、プリュダマスの霊…トロイアの戦士達が儀礼用のマントを羽織って勢揃いであった。シュガーも立ち上がってシスターに相対し、シュガーの背後に鬼火が立ち上がると、知盛の霊、重衝の霊、教経の霊といったトロイア勢と相対した平家側の武将の霊達が浮かび上がる。

老王プリアモスの霊とヘカベの霊は安徳帝の霊とアニマの手をじっとにぎって別れの挨拶を交わし合う。アニマにいたってはうぶぶと半泣きであり、老王夫妻はアニマを抱きしめて慰める。またきっと遊びにきなさい、と。

平家側とトロイア側はそれぞれの礼法で一礼し合い、シスターがお辞儀をして身を翻すと、トロイア側の英霊達は波間の泡のように淡い光の中へと消えて行った。老王夫婦の霊もにこやかな笑顔のまま光の中に消えて行った。

夕暮れ時の影長いテラスの上にシュガーとアニマはシスターシリカの後ろ姿を見送っていた。こうして、平家の怨霊とトロイアの英霊達の一揆もこうして終わったのである。

なれた感じの語りを関心して聞き、アニマさんの説明を聞いてからそれを頭の中で反復している様子

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…