よんじゅうににちめ──

その日、とある大草原地帯の一部が氷に覆われた凍土と化しました。
生い茂っていた草花は氷の彫刻となり、所々に大きな氷の柱が聳え立っています。

その中心部で、私とアラヤちゃんは大声で嗤っていました。

私は狂った様に嗤いながら、幾つかの氷の塊に向かって叫びます。
氷の塊の中には襲ってきた魔物達が絶望の表情を浮べたまま閉じ込められています。

暫く嗤う私が戦いの熱も下がって落ち着いてくると、急に私の中で虚しさと悲しさが湧き上がってきました。
段々と嗤う声のトーンが下がり、悲しみから来る胸の苦しさに瞳から涙が止め処なく零れてきます。

どうして急にこんなにも悲しみが沸き上がってきたのか自分でも理解ができなかった。
その時は心の何かがぽっかりと穴が開いた様に感じて、唯々悲しくて、辛くて、虚しくて、涙が止まらなかった。

もしかしたらこれが瘴気を要した魔術による副作用、デメリットなのかもと私は思ってしまった。

突然私が泣き出した事でアラヤちゃんが心配して優しい言葉を掛けてきます。
あんな大変な戦いの後なのにアラヤちゃんは泣く事も無く平然としてるのに対して私は…。

アラヤちゃんにこれ以上心配かけない様にと一生懸命に涙を止めようとする。
でも涙はドンドン溢れていくばかり…どうしてこんなに悲しいのだろう。


そういえば昔に…

確かこれは泣きじゃくる私がお姉さんに慰められてる時に…

『辛くて悲しくて挫けそうで泣きそうな時は一度大声で泣くといい。そうして泣き終えた後は気分も晴れて笑顔になる』…と。

隣でお兄さんが私の頭を撫でながら言ってくれた……

あれ……


お姉さん、と、お兄さん、って、誰･･･？


　＊　＊


あの戦闘から半日経った夜の事。
私とアラヤちゃんはあの凍土と化した場所から大分離れた場所で野営を取っていました。

いい香りがするシチューをお椀に注いでアラヤちゃんに声を掛けます。

…あの時の私はどうしても悲しみが抑えられず、あの頭に流れた言葉を信じて壮大に大泣きをしました。
わんわんと大声で泣く私に、アラヤちゃんは終始困った様子だったのでとても申し訳なかったです。
暫く大泣きしたおかげか、その時に湧き出ていた悲しみや虚しさは既にもう無くなっていました。

どうしてあの時、あんなに悲しみがあふれ出したのか今でも理解はできていません。
私の中で何かが起きたのだという事だけは理解できました。ただその何が起きたのかは未だに分かりません。

私が泣き止んで、アラヤちゃんに手を引かれ急いであの場所から移動する途中。
アラヤちゃんから「もうあの術だけは使わないで。」と真剣な顔で言われました。
アラヤちゃんはきっと何かを察したのかも知れません。

既に私が持つ瘴気魔術以外の既存の魔術式ではもう通用しない位に魔物達が強くなっています。

もしこれが魔導に精通する人なら色んな術式理論を組み合わせて、
新たに対応できる術式をその場その場で編み出す事ができるかもしれません。

でも私は少し魔術を齧った程度でその手の努力家でも天才でもありません。
今まで使ってきた術も既存の術式をただ単に出力を上げたり、指向性を変えたりしただけの簡単なアレンジだけに過ぎません。

あの術のデメリットはまだよく分かってないけど、命に影響が無いのなら大丈夫と私は軽く思ってしまいます。
アラヤちゃんの忠告を守れない事には申し訳なく思うけど、それ以上に足手纏いにはなりたくありませんでした。

ふと隣でシチューを食べてたアラヤちゃんが心配そうな顔で声を掛けてきます。
あの戦いの後でもあり、考え事で食が進んでなかったのを調子が悪い様に見えたらしく心配にさせてしまったみたいです。

心配そうに見つめるアラヤちゃんの前で美味しそうにシチューを頬張る私。
年下のアラヤちゃんに心配ばかりかける私はきっと悪いお姉さんだと、心の中で小さく溜息を吐きます。

これ以上心配かけまいと普段の様にシチューを美味しく食べようと躍起になっていると、
アラヤちゃんが急に立ち上がり、険しい顔で一箇所の方向を睨んでます。

私もその様子に察して食べるのを止めて、急いで武器を構えて戦闘態勢を取り始めます。
アラヤちゃんの睨む方向へ探知魔術を飛ばすと反応が４つ…招かれざる客のご来場です。

こちらに向かってくる魔物達へ愚痴を吐きつつ、私とアラヤちゃんは術式を展開して敵を迎え撃ちます。