シュガーは夕食前にも関わらず遊びに出かけたアニマと安徳帝の霊をおいかけて王城のテラスのカフェにやってきた。アニマ達はトロイアのプリアモス王と王妃ヘカベの霊と出会い、テーブルを囲んで会話に興じる。その傍らでシスターシリカにアニマがトロイアと縁ある神霊の姫君であると聞かされてシュガーはびっくりしたのであった。

シュガーは今までアニマからそのような物言いを見た事がないのだ。寝耳に水というやつだ。

シスターの声は控えめで落ち着いた様子だった。冗談を述べているふうでもない。シュガーは息を吸って吐きまごつく心を落ち着け、アニマに視線を向けた。シュガーがその虚ろな魔眼で見るのはこの世の裏側の隠世のありさまである。淡いオーラが連なりあい、その事象に至る因果を指し示す。冥界を眺めやるシュガーの瞳は隠り世のみならず、病気や死別といった不吉な運命をも眺めることができるのだ。

シュガーはアニマのここに至る因縁がどのようなものなのか把握すべく目をこらし、アニマの背中をじっと見つめた。そのアニマの魂が座する場は、ぽっかりと宙に浮いているかのように寄る辺なく、何も持たぬ無一物、浮き世の何ものにも執着しない孤高の魂のように見えた。

比較のために視線をずらすと、老王プリアモスの霊へと連なる因果は、黄昏を思わせる胸をかきむしらんばかりの赤い日の輝きを放ち、栄光と破滅が折り重なっている様が見て取れる。安徳帝の霊へと連なる因果は、青い波の文様が冷たい海の底から水天宮の社へと連なっていた。対するアニマのそれは、自由気侭でフリーダムエンブリオ、いつものシュガーアニマのありようであり、過去よりの因縁を背負う大霊とは異質なものに思われた。

うーむとシュガーが唸ってみると、視線を感じたアニマとくるうりと後ろを振り返る。シュガーはアニマの瞳を覗き込み、アニマもシュガーの瞳をのぞきこんでその瞳に渦のような文様が浮かび上がる。

神仏の示顕をうけたかのように一瞬でシュガーには全てが把握できた。

シュガーアニマの衣装は古代ギリシア風。
シュガーアニマは海で泳ぐのがとても得意。
シュガーアニマは槍と盾を装備した女神様の知り合い。
シュガーアニマは女神様に冥界のトロイアの神殿で会った。
シュガーアニマは冥界の食べ物をもぐもぐ食べる。
そして、その胸には、槍による傷がある。

そんな神霊についてシュガーにも覚えがあったのだ。黄金宮殿に住まい、戦の女神と仲の良く、死して冥府に下った女神様がいたことを。

されど当のアニマ本人はなーにも分かっていない様子で首を傾げていた。その瞳の渦はアニマの背後に連なる光景をシュガーに伝えるのだが、瞳を自分が見るわけにはいかないのだろう。そんなアニマの様子を眺めている安徳帝の霊は苦笑を浮かべ、プリアモス王とヘカベの霊もまた穏やかな笑みを浮かべている。

夕暮れ時のテラスに冷ややかな風が吹いて日が陰った。シュガーがふと何者かの気配を感じて振り返るも城壁の通路には誰もいない。

シスターシリカはアニマに問いかける。シスターの瞳は虚ろそのもので何も映ってはいない。しかし、その声は威厳にあふれ、加えて何か楽しそうな響きを含んでいた。

よく聞いてくれたわねとばかりにアニマはドラゴンマウンテンでのドラゴン捕獲戦について語り始めた。プリアモスの霊もヘカベの霊も興味深そうにその語りに耳を傾ける。

アニマは語る。シュガーが一度ならずも二度も失敗してしまったドラゴンマウンテン戦であるが、雪辱を果たすべく三度目の挑戦を行ったのだ。シュガーは自走砲のれんたろうとアルトに助力を請い、３匹のドラゴンとドラゴンテイマーのフリューゲルに対して数的不利をイーブンに持ち込む。

戦場はドラゴンマウンテンの中腹の岩稜地帯。木々も生えぬ荒涼とした岩場である。雲の流れる決戦場にて、シュガーのパーティの面々と平家の怨霊達はドラゴンテイマーと３匹のドラゴンと対峙する。戦闘には参加しないアニマは安徳帝の霊と一緒には雲の上から事の次第をハラハラしながら観戦していたのだ。

シュガーらの布陣は以下のごとしである。オーガが最前面で切り込み隊長を努め、堅牢な装甲を誇るれんたろうが前面中央に位置し、その左右をシュガー、アルトが固め、アイリスは中衛に控えていた。対して、ドラゴン達の布陣は、白龍と黒竜を前面に立てて、シルバードラゴンを中衛、フリューギルは後に構える布陣であった。シュガーさんたちは突破力を重視し、ドラゴン達は守りを重点においた布陣だ。

戦端が切られると、自律型自走砲に搭載された通信装置と加速装置によりシュガー達のパーティの機動力はブーストし、オーガを先頭にシュガーとアルトはドラゴンに切り込んでいった。シュガーの魔弾が黒竜を串刺しにしてドラゴンの前衛を切り崩し、ついで、シルバードラゴンを仕留めることに成功するものの、魔法の通らない白竜が踏みとどまって戦線は一旦膠着する。

シュガーは冥界とこの世をつなげる術式の準備に入るも、しかしシュガーの術式発動より先にフリューギルの反撃の必殺技・クロノスチェインがパーティに大打撃を与えた。その威力たるやパーティの中衛にも及び、アルトに至っては体力を上回る大ダメージもらってしまう。しかし、アルトさんはド根性で耐えきり、膝を折ることはなかった。

ついにシュガーの冥界とこの世をつなげる術式が成立すると、平家の軍勢による弓射の矢が雨とばかりにドラゴンに降り注ぐ。フリューギルは多重の魔法障壁を展開していたものの、シュガーはこれを削り切り、フリューゲルを戦線離脱せしめるのだった。

敵残存エンブリオがホワイトドラゴンのみとなった段階で、中衛に控えていたアイリスが満を持して投入される。オーガと合わせてホワイドラゴン用最終決戦兵器であった。アイリスさん八極拳をベースにした動きでホワイトドラゴンに拳を撃ちつけた。震脚がドラゴンマウンテンの岩稜に響き渡り、その度ごとにアイリスの肘や拳がホワイトドラゴンの巨体を揺るがすのだ。シュガーは自滅の呪いを積み上げ、アルトさんが回復役を努め、れんたろうがホワイトドラゴンの治療を行い、なんやかんやと攻防が繰り広げられ、ついにはシュガーさんのパーティはドラゴンの制圧に成功したのだった。

自分は戦っていないにも関わらずアニマはふんすと誇らしげであった。シスターシリカはそんなアニマを満足気に見つめ、陽の光が再びテラスに差し込むと、ふとシスターシリカの表情から輝かんばかりの威厳が鳴りをひそめいつもの能面のごとき落ち着きを取り戻していた。シスターシリカは何事もなかったかのように佇まい、テーブルやテラスの会話と物音に耳を澄ませていた。

シュガーは思う。今まで見落としてきたのかもしれないが、何者かがアニマの旅の様子を眺めていたのではないだろうか。その者は時に一揆衆になり、時に王城の兵士となり、時に鳥や獣に変化してアニマの様子を見守っていたのだ。その者は冥界の存在ではない。故に己の目には認識できなかったのだ。アニマは無一物に見えるもそうではなかった。そんなことを考えていると、今日も今日とてもシュガーの耳元に冥府よりの声が届いた。申し訳なさがにじむ恐縮した声であった。

わいわいと会話に興じる霊の姿は常人には見えない。エンブリオが１人テーブルで独演会を催し、目つきの怪しい男がブツブツと諌めの言葉を垂れ流し、表情に乏しいシスターがただ佇んでいる。カオス極まりない一揆の一日はじき暮れようとしているのであった。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

　非言語音なる何かを発しながら小鳥が谷間を飛んで行く。