月に手を翳す。
薄く透けたように見える其れは、風竜と契約した直後とはまた違った変化だった。

"周囲の環境の影響を受けやすい"

それが彼女の一族の持つ性質であったから、彼女はひとところに留まることをせずあちこちを転々とした。
故郷にずっと留まっていればその必要もなかったけれど、生憎と風に似た気質の彼女はそれを望まず相棒を連れ郷を出た。
災難に見舞われたところを救われたという理由で身を置いた研究所で研究者となった時も、屋内に籠る形の研究は肌に合わず外に出た。
外に出てもひとところに長く留まることはしなかった。
そうすべきであったから。


2ヶ月は、聊か彼女には長すぎた。
元素の世界は、扉の世界と世界のつくりからして異なる此処は、彼女の身体に静かに影響を沁み渡らせていた。


――身体が変わりきるその前に、此処を離れなくてはいけない。
微かな焦りが生まれていた頃、新しいエンブリオが見つからなくなった。
これを逃してはいけないのだと、直感が言った。
今しか帰る時はない、と。


透けた手を握り締める。
身体が元素にとける前に、元の世界へ。
そうして再び元の世界に適応すれば良い。
寝具に潜り込み、それを囲むエンブリオたちを順に撫でる。
この子たちともお別れだけれど。この子たちを連れて行くことができないのは、少しさびしいけれど。
けれど此処に残る事は、彼女にはどうしても出来なかった。


月が輝く。最後の夜が、更けていく。