不死の王との“交渉”を開始した人間に玄室を追い出され、地下牢の廊下を入口へと戻る。

止めに入るのが一瞬遅く、忌々しくも人間と不死の王との間での“交渉”が始まってしまった。
一度“交渉”が始まってしまっては、他者が邪魔をすることはできない。
人間の契約の仕方は、野蛮で粗暴な種族らしく、相手を力づくで抑え込むというものだ。
とりわけ、強力な魔物を相手にする場合、邪魔が入って契約者の気が削がれることは、命の危険をも意味する。
もっとも、人間が不死の王に逆襲されて文字通り“ミイラ捕りがミイラに”なろうとも自業自得であるとは思うが…。

地上への階段を上り、重い石造りの扉を開けると、城の内庭に出た。
数日ぶりの太陽の光が目に眩しい。大きく息を吸うと、爽やかな空気が喉と肺を清めた。
次の行き先は城の二階廊下だ。羊人族の魔法使いを道案内する約束をしている。
周囲に敵兵の気配がないことを確認し、城壁の凸部に腰掛ける。
メアリーが草むらでエンブリオたちと戯れるのを眺めながら、待ち合わせの相手と−−ついでに人間を待った。

半時間ほどもしただろうか。
よもや契約に失敗し、不死の王に煉獄に引きずり込まれたのではあるまいかと思い始めた頃に、ようやく、重い音を立てて扉が開いた。

「人間！お前！！不死の王と契約するだなんて！！何を考えているの！？」
勢いよく立ちあがり、地下で言いきれなかった怒りと文句をぶつけようとして−−息を飲む。

地下牢から出てきたその者の姿は以前と同じ人間のままだ。
−−が、全身から闇の魔法の気配が色濃く漂い、陽光の下にいるのにその周辺だけ暗紫色の霧がまとわりついているかのようだ。
風の妖精の時と違い、相手が強力すぎたのだ。不死の王の力が人間の身体には収まりきらず、溢れ出している。

まばゆい陽の光に目を細めながら人間がこちらを向き、口の端をにやりと歪める。
その表情自体はこの人間が頻繁に作るものだ。
しかし、その口から吐かれたのは、人の言葉ではなかった。

「謔ｪ繧｣繧ｱ繝峨€√が繝ｬ縺ｯ陬丞�繧願€�リ繝ｳ縺ｧ縺ｪ縲」

それは、暗い怨嗟の声。地下牢の最奥で不死の王が髑髏のような口から漏らしていたのと同じ声。
強烈な負の音色が頭に響き、思わず長い耳を両手で覆い塞ぐ。

「人間…お前……人の声を失っているわよ…。
まさか、人としての意識まで失ってやしないでしょうね？」

そう言うと、人間は小首を傾げ、右手で顎の下をさすってみせた。
その仕草は、こちらの言葉を理解してのものなのか。

「そんなに全身から闇の魔法の臭いを漂わせて…近寄らないでちょうだい。」
斧の柄に手をやりながら、一歩後ずさる。
横眼でちらりとメアリーを見やる。
異常を感じたのだろう、遊ぶ手を止め、草むらに座り込んだままこちらの様子を伺っている。

こちらを見据えた人間の両の眼が、赤く血の色に輝き、背筋を寒気が走る。
その色はもともとの人間の眼の色か。それとも不死の王の眼の色か。
万が一にも不死の王に意識を支配され、人間自身が新たな不死の王となったのならば、ここで討ち取らなければならない。

もし人としての意識を保っていたとしても、闇の臭いを無遠慮に漂わせた者と同道し続けるのは耐えがたい。
何より、こんな状態の人間に夕食を作られても、その死と闇に染まった手を思うととても美味しく食べられそうになかった。