天蓋庭園での大規模な火災が発生して以来、王城では行政機能の疎開が進んでいた。かつては多くの役人が政務に励んでいた大廊下を挟んだ執務室も今は閑散としており、官吏に糧食を供給するための調理場もまた人気がない。城内には一揆衆に抵抗を続けるアンデッド系のエンブリオが多数徘徊する魔窟と化しており、王城は最早廃城していると言っても過言ではない。

そんな王城内の調理場へシュガー達はやってきた。調理場に現れるというアップルツリーマンなるエンブリオを捕獲するためだった。しかし、林檎木男はシュガーの前には姿を現さず、代わりに出現したフルーツドラゴンや人参貴族と言ったエンブリオを蹴散らすと、その日の戦闘は終了である。

せっかく調理場に出向いて来たものの、アップルツリーマン捕獲はあえなく空振りに終わった。シュガーは小さくため息をつき、落胆を隠せない。しかし、シュガーは無言でコンロの前に立ち、しばし思案の後に、荷物からお米と肉と野菜をとりだしてまな板の上に並べはじめた。気分転換に調理場の設備を利用して料理をしようという腹づもりであった。時刻は昼過ぎにさしかかり、シュガー以外の一揆衆が調理場の設備を利用して料理を始めているようだった。

戦闘時には姿を見せなかったアニマがひょっこりと現れる。料理を待っていても暇だもの、とアニマは付け加えた。シュガーは相変わらずアニマは戦闘では何もしないな、と思ったが、それはもう随分前からのいつものことなので何も言わない。

アニマはうんしょと脚立を引っ張ってきて、流しの前に置き、脚立の上に立って流しの中を覗き込む。アニマは背が低いので脚立なしでは調理場に立つことは難しいのだ。アニマは鍋に水を注ぎ、しゃかしゃかとお米を研ぐ。シュガーは野菜を手早く洗ってジャガイモの皮をむきはじめる。同じく暇そうにしていたアイリスも混じって黙々と野菜の下ごしらえを進めた。

野菜の下準備が終わるとシュガーはコンロに鍋をかけ点火してお肉を炒め始めた。ジュウジュウと肉が焦げる煙には芳ばしいにおいが立ち上る。アニマもコンロに火をつけてお米の鍋をかける。

シュガーはお肉に野菜を加えてじゃかじゃか炒め、次いで水を注いだ。アニマとシュガーはそれぞれの鍋の担当を交代し、アニマはカレールーを鍋に投入してぐるぐるとかき混ぜる。シュガーはご飯の鍋のフタを箸でたたいて音を伺い、火加減を調節する。

頃合いを見てシュガーは鍋のふたをとると、むわりと湯気が立ち上り、鍋の中には真っ白なご飯がたきあがっていた。アニマもカレーの具合を味見をしてサムアップ、シュガーはごはんを皿によそってアニマに渡し、アニマはカレーをそそいでカレーライスのできあがりである。

シュガー達は調理場の長テーブルにカレー皿を並べて食事の準備を終えた。シュガー達以外のパーティも調理が終わったようで、皆が長テーブルにそれぞれの料理を並べ始め、一揆衆で１つのテーブルをシェアすることになった。まるでどこかの食堂のようだ。

シュガーがはたと気がつくと、パーティメンバーでも何でもない謎のシスターはしれっとシュガーの食卓に混ざっており、しかも、カレーを一杯平らげておかわりをご所望であるようだった。王城側の人間であるシスターは涼しい顔をして一揆衆のテーブルに加わっている。神出鬼没というか、肝が太いというか、あるいは、シュガーが油断していたのか。

まあいいや、とシュガーは差し出された皿にごはんをよそいカレーを注いでシスターに手渡す。シスターは一礼してカレーの皿を受け取り、何事もなかったかのように黙々とスプーンを口に運んでいた。シュガーはため息をつくものの、その迷いのない食べっぷりに感嘆の息をもらした。

シスターはスプーンを止め、シュガーにちらと視線を投げる。

左様ですか、と、シュガーは呆れたふうにため息をもらす。

そして、シスターはアニマは眺めていた。もぐもぐおいしそうにカレーを口に運ぶアニマに対し、シスターはふぅんと声を漏らす。

シスターは再びなるほど、と呟き、また黙々とカレーを食べ始めた。シュガーにはシスターの言葉の意図がはっきりとは掴めなかったが、シュガーの脳裏に荒涼とした砂漠とそこに起立する巨大な炎の魔神の姿が浮かんで来た。

シュガーは思う。メルンテーゼとエンブリオはどのような未来に向かっているのか。カレーをもぐもぐ食らうアニマの能天気な姿は、ひょっとすると、その標になるのかもしれない。アニマは冥府の食べ物も、メルンテーゼの食べ物も、もぐもぐ元気よく食べてしまうのだ。ネクターなど必要としていないのだし、自由で、豊かで、世界の枠にとらわれもしない。

そして、シュガーの耳元に冥府よりの声が届く。いつもの能天気な声色とは違い、差し迫った、祈るような声色であった。

シュガーもまたカレーを口に運ぶ。もりもり食べて力をつけなくてはならない。荒れ地にアニマを連れて行く。己にその時間が残されていればいいがな、と、シュガーには思えた。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーの周囲に目に見える形で鬼火が飛び回る…

シュガーはパロロコンを介して『宗盛の霊』の具現化に成功した！