「門閥貴族の騎士風情が、随分と偉くなったものだな。」


洋館の広いエントランスにて、二つの軍勢が対峙しています。
此方、国王の紋章を抱く騎士団たち。
彼方、薔薇の紋章を抱く伯爵の私兵たち。


「閣下を捕えよ、兵は殺しても構わぬ。」


その号令を皮切りに、血みどろの合戦が始まるのでした。
殺し、殺され、敵か味方かも分からぬ屍体を踏み越えて。
戦力はほぼ互角、戦線はこのまま膠着するものかと思われましたが。

戦場となった一室の片隅にて、恐慌状態に陥った若い騎士が一人。
震える手に握り締められた弩弓、その引き金に触れた指。
狙いもなく放たれた矢が、赤いシャンデリアに跳ね返り、騎士たちの鎧と鎧の合間を駆け抜けて。

流れ矢を胸に受けた伯爵が倒れ、突然の事態に両側の陣営の動きが止まります。


「矢を放ったのは誰だ！？」


一瞬だけ静まり返った室内が、再び騒めきます。
そんな最中、赤い戦場にはどこまでも不釣り合いな、真っ白な少女が一人、ふらふらと現れます。
胸を射貫かれ倒れた伯爵の許へとやって来て、その顔を覗き込むと、目を丸く見開き。


「お父……さま……？」


その言葉に、彼女が伯爵の娘であることが知れ渡ります。
公の場に一度も姿を見せたことのない深窓の令嬢、その人間離れしたほどに白い姿に、誰もが息を呑みます。

そして、彼女の氷のように冷たい蒼い眼が、部屋の片隅で震えていた、弩弓を構えた騎士と合うのでした。



　+ + +



「……騎士団の馬鹿どもめ、あれほど情報を渡したというのに攻撃したのか。」

怒声と悲鳴の響く森の洋館の門の前に、三つの人影がありました。
その中の黒いフードの男が、忌々しそうに独り言ちます。

「彼らは街や臣民を守りたかっただけ。
　それを愚かの一言で片付けてしまうのは、些か傲慢ではなくて？」

白いフードの少女が、怒りを押し殺した様子で口を開きます。

「とにかく早く助けないと……、私たちも加勢しましょう！」

剣を抜き放ち、今にも飛び込んでいきそうな隻眼の女騎士を、黒いフードの男が制止します。

「今から入ってもできることは何もない、死体が新たに三つ転がるだけだ。
　そもそもアレの相手に集団戦では分が悪すぎる、あの騎士どもも犬死にだったな。」
　
「そんな言い方って……！」

「とにかく、これでアレがどういうものなのか、貴様らにも分かっただろう。
　……今は、考える時だ。」


三人が洋館の前から去る頃には怒声も悲鳴も聞こえず、森の中はどこまでも不気味に静まり返っているのでした。

豊富な人生経験、などと自分で言ったものの、『教えて』と頼まれるとちょっと自信がなかったり。
お母さまの知識をそのまままるごともらってるので、ものすごく耳年増ではあるのですが。

なにを想像したのか考えちゃダメです。

うんうん、とふかく頷いて。

ナイスアイデアとばかりに手を叩いて。

というわけで、次回からさっそくクッキー作りがはじまる模様。


+++


父親のことで苦しむミオの話を聞いて、表情を曇らせます。
前にも話した通り、アムルも自分の父親をすごく好きで、だからこそミオさんと同じ立場なら、と、考えてしまうのです。

うまく言葉が出てこなくて、ぽつりぽつりと喋り出します。

ミオさんの口から伝え聞いた断片から想像して、そうだったらいいと信じながら、アムルはそう言います。

口にした言葉は、ほとんど支離滅裂なもので、それでも必死に言葉を続けて。

無理にでも笑顔を向けて、少しでも安心させたくて、ミオさんを抱きしめます。
あるいは、自分が安心したかったからなのかもしれません。


+++

自分の言葉に自分で照れて、恥ずかしそうにしてみたり。

というわけで、次回ぐらいには同居してることになっていると思われます。

どうやら横文字にはとてもとても疎いらしく、ナロータイと言われてナナシはきょとんとしている。
説明をされない限り何をプレゼントしたか答えに辿り着くことはないだろう。

それとはもう別の日の話だろうか。
畑で大根を掴み、抜けぬまま硬直するミオを見たナナシは思わず吹き出してしまい、悪びれた顔をしてすぐにミオの手元に手を添える。

説明と一緒に大体の動きを手で促すと、ミオの正面に立ってお手本にもう一度大根を抜いてみせる。
取り敢えずの要点としては体の力を使って抜け！ということらしい。

効いてないこと、人型を取り戻したこと、そしてなんだか殺意が薄れたことに気づくと、
炎を吐くのを止めてその人型の近くにひょいひょいっと降り立とうとしていく

つらつらつら
こちらからの戦意も消滅し、さっきまでの戦いを振り返ってミオちゃんの能力を褒めつつ反省点と改善点や提案を自分とミオちゃん合わせて矢継ぎ早にほんとに楽しそうにまくし立てていく

メグの頭上にたくさんの疑問符が浮かぶ……。

徐々に、あるいはメグにとっては突然と言った方がしっくり来るだろうか。

兎にも角にも、少女の言葉が饒舌に、そして他人行儀になりつつあったことに戸惑いを隠せない。

二人のやり取りから一歩引いて、何か糸口は無いだろうかと探っていたのは従者の白兎。

兎頭の小さな脳味噌をフル回転させて、なんとか答えを探す。

……とりあえず、主人である女の子が困惑するのは見たくない。

ようやく、兎が一つの仮説に思い当たった。

それが正解かどうかはともかく、彼は自分のこれまで得た知識からそう結論付けた。

――太陽は大きく西に傾き、世界を橙色に染めていた。

――もうすぐ、夜が来る……。