なんだかいつもに比べて気負っているな、とその時は思った。
いつもはだらだらと、他愛もないことをしゃべりながら終わらせていた実験だが、今朝は起きたときすでに実験器具の準備も、朝食の準備が済んでいたし、彼自身鼻歌さえ歌いながらコーヒー豆を挽いていた。

　そうだ。
”実験をするときは、二人で相談してから、慎重に”
　これは一度私のミスで実験が失敗し、ボヤ騒ぎになったときに決めた、約束事だ。
　今回はこの程度で済んだからよかったものの、もしももっと大きい事故だったら。
　最悪の事態を避けるために、その日のうちに二人で指切りをした約束。
　この約束を破ることは、できない。

　しゅんとするガルボを見て、プロポーズされた時のことを思い出す。
”アヤは絶対に自分が元の世界へ帰す”
　あの日のことを、ずっと引きずっているのか。
　ずっと約束を果たせないままで、だけど失敗だらけの日々で、ガルボなりに焦っているのかもしれない。
　そうか。
　彼は彼なりに苦しんでいるのか。

　そう聞くや否や、朝食を食べるのも忘れてガルボは準備を始める。
　スキップさえしているガルボの嬉しそうな顔は、ここ最近で見た覚えがない、そのとき気が付いた。

　実験が始まってしばらくした頃、ガルボがふと、思い出したように語りかける。
　機械は怪しげな音を立てて動いているが、あんなことを言ってしまった手前無理矢理中止させることもできない。

　いつになくそわそわとしている。
　実験が気になるのかと思ったが、そうでもなさそうだ。

　ガルボがおずおずと恥ずかしそうに上げた腕を半ば奪うようにして、無理矢理互いの小指を絡ませる。

　指切った、と言おうとした。
　言おうとしたが、それは叶わなかった。
　とてつもなく大きな何かが私の五感の全てを奪い、何が起きたかを理解するより前に、私の意識を奪っていった。