目を開いてまず意識したのは口の中の埃っぽさだった。
おそらくは高級軍人が使っていただろうまだマシな寝台を見繕ったが、
化け物が闊歩しまともな兵士の姿を見ない以上
この兵舎は既に破棄されたものとみて間違いないだろう。寝心地は最悪だった。


暫く使用されていない様な寝台にでも身を横たえて休まなければ身が持たなかった。
自分の中で熱を持った異物が跳ね回り、身を食い千切る様なあの灼熱感。
それももう、収まっている。手を何度か握ったり開いたりを繰り返す。違和感は無い。
あの新王と魔女の魔力が定着したようだ。好きに振るうのにはもう少し、時間が掛かるだろうけど。


他者の魔力を奪取して、我が物と成す。技術としては初歩の初歩だが、好きになれなかった。
世界が孕む無秩序な力を自らが紡ぐ魔力と音とで調律し、整った技とする。
ばらばらの、そのままでは形どころか意味すら成さないものが自分の手で何ものをも凌駕する力になる。
あたしはそれが好きだった。誰にも真似出来ない、自分だけの創造物。


でも、その土壌で育まれる魔力が千差万別である様に、魔力すら存在しない世界だって存在する。
そういった場所ではあたしたちは満足に力を振るうことはできない。空気がなければ音は伝わらない様に。
自分の魔力だけでどうこうするのは、……無謀だろう。そんな事が出来るのは一部の規格外だけ。
上手く、自分より大きなものを利用したほうがずっと手っ取り早いし強力だ。


他者の力を奪うのも、そういった事が出来ない場所で魔法を使わなければならない状況に陥った時に代替手段の一つ。
誰かに依存している様で好きじゃなかった。
でも、自分以外の何かの力を利用していることには変わりが無いし……
奪った魔力を定着させれば自分の中に残る。……それを成すのもまた、自分の力量に寄るものだと言い聞かせる。


それにしても気分が悪い。何処かで顔を洗って口をゆすぎたい。
体調や環境が、という事の他に、なんだか気分が悪い。いや、なんというか、……いらいらする。
甘ったるい夢を見ていたような気がする。多分、そのせいだ。

あれは、確か―――。

…………歌声を響かせるその場の空気が熱を孕む。ちかちかと瞬く、紅い光。