膝をついて屈み、床に残された足取りを辿る。
2人の臭いは、天蓋庭園から大礼拝堂へと続いていた。

ヨーレ王との戦いで倒れたロク君を、安全なところに連れて行くとスチュアート君は言っていた。
おそらく、前線から少し離れた この礼拝堂に彼を運んだのだろう。


立ち上がり、廊下を進む。しばらく歩くと…

ステンドクラスから漏れる落ちる光が、2つの人影を照らしていた。
一人は座り込んでおり、もう一人は…　床に 横たわっている。


座り込んでいる影から生えている、丸みを帯びた耳。そして、長くするりと伸びた尾。
遠目からも、それはスチュアート君だと判った。すると、横たわっているのは…？

横たわる影を じっと見つめる姿。それはどこか、悲しげな様子にも思え…





…まさか？！





息が詰まる。鼓動が早くなる。
思わず駆け出して、彼のもとへと急ぐ。

ほどなく彼はこちらに気付き、顔を向けた。
けたたましい足音を響かせて近づいた所為か、その表情は警戒して強張ったものであったが、
私だと気付くと、沈んだ声で名を呼び、横たわるロク君に視線を戻した。

不安と緊張で、上手く呂律が回らなかった。ごくり、唾を飲む。





答えが帰ってくるまでは、束の間のはず……。けれどもそれが、とても、とても、とても、長く。


































「寝てるだけだ。……心配はないと思う」


はぁぁぁっ…と、大きな、大きな、大きな息を吐く。
どっと力が抜ける。へたり込みそうになるところを必死で堪えた。






命に別状はなさそうだと判ると、
横になっているロク君を挟んで、スチュアート君と向かい合うように座った。


あの後の、庭園での顛末を話す。焼けたネクターと魔神の潜む荒野。


彼は、ずっと俯いたままで、こちらと目を合わせようとしない。
ただ、ロク君を見つめたまま…



話を終えると、彼はのろのろと立ち上がり、私に背を向けた。


「僕は、行くところがあるから」


いきなりそう告げると、振り向きもせずこの場を去ろうとする。

訳が判らず、慌てて呼び止めようとするも…

そのとき、横になっていた猫の少年が うっすらと目を開け、
誰かを呼ぶように息を漏らして、虚空に手を伸ばした。

驚いて声をかける。彼はゆっくりと呼びかけに反応し、こちらに顔を向ける。

安堵の笑みと、そして涙が、自然にこぼれた。

ふと顔を上げ 通路を見ると、スチュアート君の姿は、もう そこには無かった。





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意識を取り戻した猫の少年に、
鼠の少年へ先程話したことと同じ説明を、繰り返して伝える。

去ってしまった鼠の少年のことも告げる。

彼の行動は、唐突に思えた。
今まで、私を戦場に行かせまいと…　いや、ロク君を危険に晒すまいと、あれほど躍起になっていたのに。

なにか、違和感はあったものの…　最早確かめるすべはない。
体調の戻ったロク君に向き直って、告げる。

話が本当であれば、魔神はメルンテーゼを滅ぼそうとしている。
いや、ネクターを焼き尽くした所業を見れば、それは間違いないのだろう。

おそらく、時間はそう長く残されてはいない。
メルンテーゼにも、そして…


立ち上がり、猫の少年の手を取る。
礼拝堂から庭園へと続く、大きな螺旋階段に視線を向ける。


そこからは、以前の、ネクターが発していた強い光は失われ、
焼け焦げたネクターの…　血のような匂いが漂ってくるのみだった。