「正直あるかないかで言ったらないと思うのよねえ」
『なあに』
『なんの話？』

おしゃべり好きの少女のようなエンブリオたちが、きらりと目を輝かせる。
「そう」いう話題に対する嗅覚は犬並みだと思う。願わくばその嗅覚をもっと別の方向に生かしてほしいものだけれど。

「もう一週間くらい前になるかしら。ラズんとこの蛇ちゃんに訊かれたのよ」
『なに、なあに？』
『何を訊かれたの？』

高い声が弾む。ころころ、鈴が幾つも転がる。
興味津々という文字を浮かべた瞳を隠すこともなく、エンブリオは身を乗り出す。

「スーのこと、異性として見てるのか、って」

きゃあ、と黄色い声が上がった。
フーガの溜息が聞こえる。リュードは首を傾げている。

『主、"壁"を厚くした方が良いかね』
「頼むわ、フーガ」
『任されよ』

風竜たるドレイクにほんの少し風を弄ってもらって、外の音が聞こえないよう壁を作ってもらう事はこれまでもあった。
作業に集中したいと断って調査隊のキャンプの端の作業場に籠る時は大体そうしているが、外の音が聞こえないという事は即ち中の音も漏れないということだ。
この黄色い声に何事かと他のエンブリオなり年少の調査隊員なりが集まって来られたら面倒なことになると、直感が言っている。

『それで』
『それで、どうなの』
『ないって、どうして？』

矢継ぎ早に飛んでくる可愛らしくも小憎らしい声の礫を適当にいなしながら、溜息を吐いて見せる。

「スーと知り合って一緒にフィールドワークに出るようになってどれだけ経つと思ってんの。どうこうなるならとっくになってるわよ」
『ええー』
『なんでー』

少女のエンブリオたちはこの答えでは不満らしい。
ブーイングに変わった声に先程より大きい溜息を吐いて見せる。

「良い事を教えてあげましょう」
『なあに？』
『たのしいこと？』
「さあ、そうかもしれないし違うかもしれない」
『どういうこと？』
『ねえ、レイ、教えてよ』

エンブリオを見渡してウインクひとつ。

「登場人物でもないのに物語に手を出すのはお利口じゃないわよ、淑女《レディ》たち？」
『…えっ、』
『へ？』
「あたしとスーがどうこうなるもならないも、あたしとスー次第なのよ。変に弄繰り回さないで頂戴」

何処か楽しげな笑みを浮かべながらクッキーを口に放り込む。
ひとつ、ふたつ。ポットのお茶と共にクッキーは順調に減っていく。