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不定物a第十七次利用実験
『意識の檻』計画

　二〇〇■年二月四日、『泡の異界』より対象0204の召喚に成功。
　各種変形実験、使役実験を複数回試行。
　対象0204はかつてKが持ち去った対象アルファより従順であり、不安定ではあるものの、大半の研究者の
呪文に従って姿を変えた。

　ここにおいてかねてより計画されていた実験を開始。
　対象0204を利用し、既に存在している個人へ変化させる実験は一定の成功を収めていた。
　それでは、架空の人物へ変化させる事は可能なのだろうか？
　不定物aは名前を与える事で使役する事が出来た。
　では名前だけではなく人間のパーソナリティ、人間の各種五感、人間としての記憶を与えられた場合、対
象0204はどのような反応を示すのか？
　このような疑問によって計画されたのが『意識の檻』計画である。
　対象0204は外部研究員・杉上氏の魔力と特に相性が良かったため、杉上氏の全面的な協力の元、彼の利用
する術式を応用して実験が開始された。
　（杉上氏については別資料を参照。外部の新興魔術流派『LaWSys』の構成員である）

　刷り込む記憶の整合性を高めるため、対象0204の「人物設定」はこの研究を主導している境戸家、その本
家の構成員として造型されることになった。いずれは対象アルファを持ち去ったKの捜索に利用する予定で
あったので、実際には存在しないKの兄として設定された。外見もKに似過ぎない程度に似せている。
　五感は杉上研究員のそれをトレースした上で「人格」とズレが出ないよう調整しているが、不定物aの持つ
「物理的衝撃に極端に強い」「熱変化に強い」という性質上、触覚は通常の人間よりもやや鈍くなっている。
　変化後の経過は順調。人間としての「意識」を持った事により、幾らか不安定ではあるがこれまでよりも
遥かに高い安定性を持たせる事に成功した。人格、感覚、記憶、それら全てが対象0204の中で「枠組み」と
して働いている模様。例え長期に渡りメンテナンスが受けられない状況に陥ろうとも、対象0204が持つ「自
分は人間である」という思い込みにより強化された「枠組み」通りに姿・人格が保たれ続ける。

　名前については幾つか候補が挙げられたが、不定物aの研究中にとある研究員が漏らした「ショゴスのよう
だ」という言葉が注視された。彼は熱心なラブクラフトの読者であり、不定物aを見る度にラブクラフトの著
作に登場する使役生物を思い出すと度々口にしていた。
　Shoggoth In the CONscious cage――SICON、が対象0204のファーストネームとして与えられることと
なり、Kの本名と対象0204と相性の良かった紫水晶からとって「紫鯤」という字を宛てがわれる事になった。



二〇■■年十月　追記
　杉上研究員が対象0204を連れて逃走。対象0204ごと異世界に転移。
　再三の捕獲を試みたが、対象0204には転移妨害の術式が組み込まれており、こちらの世界に転送した途端
他の世界に飛ばされてしまうため確保できず。
　兼ねてより計画されていたものと見られ、現在も対象0204は複数の異世界を彷徨っている模様。
　杉上研究員は遠隔地から対象0204に接触・操作を行っているようだが、身柄は確保できていない。

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　報告書を握りつぶす。

「……紫鯤？」

　いつの間にかスギが、私の後ろにいた。
　見つかってしまったと思う反面、どうにでもなれと思う私がいる。
　だってそうだろう、スギはもう全部知ってたんだ。

　何もかも嘘だと思いたかったけれど

「おい、紫鯤、」

　思い当たる事が、多過ぎて。

「一体どうし――」

　振り返った自分がどんな顔をしているかなんて、もう、どうでもよかった。

への字口で肩を竦めたイルマの横から、小さな光がすいと流れるように紫鯤の目の前に移動するとぴたりと静止した。一呼吸置いてピリピリと光を弾かせる。

途端イルマは鋭くその名を呼んで制する

暫くの睨み合いの後、ふっと光が傍を離れた

男は何かぶつぶつと独り言を言っていたが、やがて一つ深呼吸をし、声を張り上げた。

声色は明るいが、その声にはどこか不自然さがある。