ゆっくりとした動作で、チセは先程まで見に着けていたドレスが綺麗に仕舞われた箱に蓋をした。
幼い頃からジヴィーテ家に仕えてきた彼女にとってドレスを仕舞う事はさほど難しい事ではなかったが、それなりの時間を要してしまったのはダンスパーティーでのサラミスとの事、それに姉妹の事、そして隣の部屋にいる旅仲間の事などを無意識のうちに考えてしまっていたからだろう。
立ち上がると狭い部屋に設えられている寝台の上に腰を下し、小さく息を吐いた。

背後の壁、正確に言えばその壁を隔てた奥へと意識を向ける。
彼は今、何をしているだろう。
出会ってから、それなりの月日が経ったように思う。
自分にとって、彼はどのような存在なのだろう、サラミスとのやり取りで、チセはそれがわからなくなっていた。
いや、正確に言えば、そこまで考えたことがなかったのだろう。
目前に迫る別れを前にして感じる言いようの無い不安。
その正体がわからず、深く頭を垂れた。







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「アールさん…？」


コンコンと硬い音をたて、ドアをノックする。
部屋の中に入ると、そこには荷物をひろげるアールの後姿があった。
暗い室内で、その姿ははっきりとは見えなかったが、がっしりとした彼の背中はいつもよりも小さくみえた。

彼の言葉を、チセは黙ってきいていた。
デリフィーンも、アールも自分の事を本当に想って言ってくれていたのだろう事は痛い程によくわかった。
「向こうに行っても元気でな」、そう言うアールの後姿に目を顰めた。


「アールさん、」


左腕に触れるアールに、そっと近寄る。
近付いて初めて、まじまじと彼の身体を見て、そして気付いた。


「傷だらけ、ですね…。」


負っていたのは左腕だけではない。
身体のあちこちに刻まれた大小の傷に、視界が霞んだ。


「すみません、私…、」


躊躇いもなく、縋るように、彼の身体に腕を伸ばした。
そのまま、強く力を入れて。


「……　こんなになって。私、…」


言葉が続かず、額を彼の背に押し当てた。