(※前回に引き続き、
　 今回も物語の続きとなります。
　 番外編が本編でいいんじゃないかな？
　 と思っているんですが、どうなんでしょうね。)

「――ありません。」
静かに告げられた言葉に、
少し息を呑む。
その言葉の意味するところは――
「それは名前が無いという意味かしら？
　それとも、
　名前を忘れてしまったという事？
　……ああ、奪われたという可能性もあるかしら。」
ぱっと思いつくのはそれくらい。
そして、
その中にきちんと正解があったらしく、
少し寂しげに笑う。
「忘れてしまった……のかもしれませんが、
　元々無かったようにも思います。
　よかったら、そうですね。
　名前をつけていただけませんか？
　折角の縁ですし、
　名前が無いといえば、
　友達として色々不便でしょうし……」
「また難しい注文ね。
　まぁ、それなら気負わずにつけるとしましょうか。
　――忘れてるだけなら思い出させるか、
　知っている奴に聞けばいいと思ったけど……
　そうねぇ。」
彼女の申し出を受けて、
名前を考える。
どんな名前が彼女に相応しいだろうか。
やはり桜に関係した名前がいいと思うが、
何の因果か、
睦美さんも咲良さんも桜に関した名前をしている。
睦美さんは苗字がさくらいだし、
咲良さんは文字通りさくらである。
これではさくらとつくような名前は難しい。
苗字は四月の旧暦である卯月にするとして、
名前、名前――
色々考えてみるがイマイチしっくりくる名前が無い。
「……」
「そ、そんなに悩まなくてもいいですよ？
　どんな名前でも、
　友達のつけてくれた名前なら嬉しいですし……
　それに、貴女ならそこまで変な名前をつけようとは……
　お茶目心が沸き立たない限りないでしょうし……
　流石にこのタイミングで本気でお茶目するとは思えないので……」
「……
　お茶目したくなってきたのだけど。」
「やめてください。」
余計な事いったと頭を抱える姿が可愛らしい。
まぁ、そんな事より早く名前を考えないといけないけど、
本当にどうしようかしら。
咲、桜花……
他にもいろんな名前の候補があるけど、
そういえば、
この桜は普段よくみるソメイヨシノではなく、
枝垂桜だ。
それも白が綺麗なシロシダレ。
とすれば――
卯月美白(うづきみしろ)というのはどうだろう。
四月に咲くその桜の美しい白をイメージした名前。
彼女にはぴったりだと思う。
「……卯月美白。
　卯月が苗字で、
　美白が名前ね。
　どうかしら？」
「――いい名前だと思いますが、
　本当にそんな素敵な名前をもらってしまってもいいのか、
　少し心配になりますね。
　――どんな字をかくのですか？」
どんな字を書くのかといわれて、
懐から手帳を取り出し、
付属のペンで漢字で名前を書いてみせる。
「卯月の美しい白…………
　……
　美しい白といわれるほど、
　私は真っ当な存在では……」
「あら、真っ白じゃない。
　その桜の花の色もそうだけど、
　貴女の心はとても綺麗な白よ。
　他の色や黒が混ざっているかもしれない。
　それすらも白を彩るかのよう。
　少なくとも私はそう感じるわ。
　駄目かしら？」
「いえ、駄目だなんてそんな……！
　身に余ること過ぎて申し訳が無いだけで……！」
「なら、喜んで受け取って頂戴。
　他の誰かがなんといおうと、
　他の誰かがどう思おうと、
　少なくとも私がそう考えて、
　そう感じた。
　過去も未来も分からない。
　ただこの一瞬だけはそうであったと、
　少なくも此処にいる私を感じさせた証だと思って、ね。」
「……ありがとう、ございます。」
恥ずかしそうに俯く真白さんを見て、
どうやら喜んで受け取ってもらえたと思って、
満足そうに私は頷く。
まぁ、拒否しても、
どんな名前でもいいといった以上、
決めた名前をごり押すつもりだったけど。
「あだ名的にはましろんとか辺りかしらね？」
「……名前もらってすぐにそこまでくだかれると、
　感慨が台無しになるんですが、
　それは……」
「そうかしら？」
「そうですよ。」
「残念ね……」
「残念でいいんです。
　魅月さんの言う事を真っ当に全て聞いてると、
　とんでもない事になるじゃないですか。」
「そんな事あるわよ。」
「あるんですか！？」
「ふふ。
　――それじゃ、また来るわ。
　流石にこんな夜更けに長々と話しているのも悪いしね。」
「え、でも……
　私は別に寝る必要なんてありませんし――」
「ああ、そういう事じゃないの。
　そろそろ限界なのよ。
　これ以上いたら、
　余計なものを集めるわ。
　貴女がいれば多少は防げるかもしれないけど、
　それでも時間の問題になりそうだし。
　ま、これは私の問題だから気にしないでいいわ。
　それじゃ、おやすみなさい、真白さん。」
「あ、はい……おやすみなさい。魅月さん。」
私の言葉に首をかしげながらも、
手を振って見送る真白さんを振り返ることなく、
私は手を振り返して立ち去り、
夜の闇へと消えてゆく。
これから先は私の時間。
誰知る必要も無い夜の刻限――

――数日後の休日、
私は予定通り花見をする約束を取り付け、
実行までこぎ着ける事に成功した。
その時の様子に関しては、
特筆する事もないので省く。
なお、学校側には特に何もいっていないが、
別に問題はないだろう。
どうせあの場所が気づかれる心配は薄いし、
もしあの場所にたどり着く人がいたとしても、
お酒がない限り言いくるめる自信はある。
何も問題はない。
後はお弁当とお酒以外の飲み物を用意して、
集合時間前に行って待つだけである。
まぁ、待ち合わせ時間に揃う事は出来るだろう。
流石に睦美さんも咲良さんも、
私の事を知っている以上、
遅れるなんていう愚は起こさないだろうし。
案の定、
一番に集合場所についたのは私だが、
集合予定時間の１０分前には二人とも一緒にやって来た。
タイミングがあまりにも同時だったので、
私はつい……
「あら、仲良くご出勤かしら。
　妬けるわね。
　嫉妬してもいいかしら。
　仲のいいカップルをみると嫉妬してもいいと思うのよ。」
そんな言葉をやってくるなりぶちまけた。
「ち、違うから！」
「何でそんな風な解釈になる……
　たまたま途中で会ったから一緒に来ただけだ！
　というか、あたい達は女同士だ！」
「女同士のカップルも割りといるのよ。」
「私はノーマルだよ！」
「あたいだってそうだ！
　全く……それでもう一人来るとかいってたけど、
　どこにいるんだい？
　見当たらないけど。
　まだ待ち合わせ時間になってないけど、
　来てないなら来てないで、
　どんな子なのかいい加減教えてほしいんだけど。」
「残念ね。
　私は別にそうでも否定しないけど。
　ちなみに私は基本的に私からどうこうという事は無いわ。
　恋とか愛とかいまいちぴんとこなくて。
　で、今日来る子は先に桜の下で待機してるわよ。
　先にいって場所を確保してるらしいけど。
　どんな子なのかはやっぱりいえないわ。
　だって楽しみが減るじゃない。」
くすくす笑って返答すると、
二人は苦笑した。
まぁ、私らしい答えではあるが、
他人にとっては、
当然満足できるような答えではないのだから仕方ないだろう。
「らしいっていうか……まぁ、いいや。
　それじゃさっさと行こうか。」
「そうですね。
　何か突っ込んだらドツボにはまりそうですし。
　花見を楽しみましょう……
　でも、学校に許可取らなくても大丈夫でしょうか……」
「大丈夫、問題ないわ。
　というより、
　あそこは秘密の場所だから、
　先生にだって中々見つけられないもの。
　ま、
　論より証拠ね。
　睦美先輩、案内お願いするわ？」
「あたいが案内役かよ！
　まぁ、良いよ。
　こっちだよ。
　さ、ついて来な。」
睦美さんに先導を任せてついていく。
まぁ、私も先導してもよかったのだが、
お弁当の用意をしたのが私なので、
それ以外については頼れる人に頼るのが良いだろうと思って。
他愛のない話をしながら桜の下へと移動すると、
「わぁ……！
　凄い、
　学校の中にこんな所があるなんて知りませんでした。」
初めてみた咲良さんが感動したのか声をあげる。
さもありなん。
普段探しても絶対に見つからない古くからある桜で、
いわば神木のようなものなのだから、
これで凄くないといえば嘘だろう。
「だろう？
　で、えーっと……」
「お待ちしていました。
　卯月真白と申します。
　魅月さんに御呼ばれしてここにいます。
　今日はどうかよろしくお願いします。」
「あ、初めまして！
　私は佐々木咲良といいます。」
「お、おう……
　あたいは櫻井睦美。
　よろしく。」
そんな桜を見て呆ける咲良さんと、
そんな咲良さんを見てニヤニヤしてる睦美さんの元へ、
真白さんが声をかけると、
二人とも驚いた顔をした後、
すぐに自己紹介を始める。
その様子を微笑ましくみていた私に、
睦美さんが私を肘でつついて、
「おい、どういう事だよ。」
小声でそんな事を聞いてきた。
「何が？」
と聞いてみると、
「いや、だって、
　あんなお嬢様然とした相手だなんて思ってもないし、
　この学校の子じゃないだろう？
　大丈夫なのか……？」
「いつもどおりで大丈夫よ。」
どうやら、
別に彼女の事でどうこうという話ではなく、
思った以上に予想外の人間だった為、
この場に居合わせて、
この後花見の騒ぎに巻き込んでも大丈夫なのかといった所らしい。
そこまで心配しなくても大丈夫だとは思うが、
睦美さんだから当然の反応かと思い、
にっこりと微笑んだまま答える。
その答えに少し渋面は作るも、
納得したのか、
気にしない事にしたらしい。
そんな間にも、
咲良さんは真白さんに非常に興味があるのだろうか、
色んな事を真白さんに聞いていた。
「あの、この学校の人じゃなみたいですけど、
　一体どの辺りの人なんですか。」
「えっと、それはあっちの……」
「結構遠くから来たんですね。
　あ、趣味はなんですか？
　私はですね――」
「あの、その、えっと……」
その純粋な質問の攻撃に、
どうしたらいいのでしょう？
って私の方に視線を真白さんは向けてくるが、
私がこんな面白い状況に介入して、
終わらせるなんて真似はあまりしたくないので、
適当にあしらえばいいと返すと、
つっかえつっかえながらも、
適当にあしらう事に成功しているようだ。
まぁ、この分だと、
咲良さんも睦美さんも、
真白さんと仲良くやってくれるだろう。
桜を楽しみながら、
三人と仲良く会話をして、
親交を深め合う。
ゆるりとした時間。
お腹がすいてきた所で、
私は弁当を広げて、
「そろそろお昼にしましょうか、
　さ、腕をふるって作ったから、
　たんとご堪能あれ？」
クスリと笑って皆へと勧める。
割と豪勢にしたせいだろうか。
弁当を広げた後、
凄いとびっくりした後、
いただきますの斉唱の後、
「あ、これおいしいです！」
「おいしい……
　こんなにおいしいの食べたの初めて……」
おいしいと喜ぶ咲良さんと真白さんとは対象的に、
「……」
何か遠い眼をする睦美さん。
どうしたのだろう？
まぁ、聞かないとこのまま硬直しっぱなしだろうし、
ここは直接聞いてみる事にする。
「……睦美先輩、
　お口にあわなかったかしら？」
「ッ！！
　い、いや、そうじゃない、
　とっても美味しい……」
「じゃあ、一体……？」
「いや、
　その……
　なんだ、
　つくづく性格以外は完璧だなと思って……
　天は二物を与えないっていうけど、
　魅月には一杯与えてるなーって……」
「ああ、そんな事。
　ただの努力というか、
　何度も繰り返しやってたらいい加減上達もするわ。
　１回では効果が分からない、
　１０回でも１００回でも。
　じゃぁ、千回なら？
　一万回なら？
　それよりも多くなら？
　どんなに小さくても向上しているなら、
　塵も積もれば山となる理論で上達するわよ。
　……睦美先輩もまたがんばれば、
　欲しいものをつかめるかは分からないけど、
　少なくとも近づけると思うわ。」
「……そっか。そうだよ、な……」
「そんな事は今は花見を楽しみましょう？
　折角皆で楽しんでるんだもの。
　睦美先輩も楽しまないともったいないわ。」
そんな言葉に睦美さんは
そうだな、とにっこりと笑った。
幸せな４人のささやかな花見がとても楽しく、
とても心地よくて、
春の陽気もうららかに
私はいつの間にかまどろんで――

「どうしたウサ？」
過去を思い出していた私を
ペルチェさんの言葉が現在へと引き戻す。
なんでもないわと、微笑んで首を振る私に、
安心してなでられるペルチェさん。
全くもって幸せすぎる。
今の私ならそれが分かる。
過去も大切だけど、
今ある幸せを、
今ある一時を大切にしよう。
私はそう願わずにはいられない。

>はい、朔位さん、あーん。

　

ぷい