シュガーは森から一路アイリスと分かれ王城の西の壁面へやってきた。そこには７名の一揆参戦者が集っており、みなザイルのチェックやハーネスの準備に余念がなかった。シュガーは王城の壁面を見上げた。それは垂直の壁でありネクターが繁る頂上付近が怪しく赤く輝いている。シュガーは彼らと共にこの壁面をよじ上ろうという腹づもりであったのだ。

天蓋庭園には新王が集めたネクターが集積され、ネクターが天蓋のごとく天を覆い隠すことから、天蓋庭園と呼ばれている。すでに多くの一揆参戦者が天蓋庭園に進行し、新王や魔神と交戦中であり、一揆の最終決戦の場と噂されている。

シュガーは三階廊下を突破して王城の礼拝堂まで進行していたが、天蓋庭園はその礼拝堂の屋根の上に存在しており、礼拝堂はベルクレア騎士団という分割世界における著名な武装集団の私闘の場となっており、シュガーは礼拝堂を迂回して天蓋庭園へ向かうことにしたのだ。

一揆の参戦者が天蓋庭園へ至るルートとしては、ベルクレア騎士団の私闘を突破して礼拝堂から続く螺旋階段を登るものと、そして、王城の壁面を直答して天蓋庭園へ至るルートの２つがあった。この直登ルートでは、王城の壁面に打たれた杭や要所にかけられた梯子を手がかりとして（これらの手がかりは先行した参戦者によって開拓されている）参戦者は垂直の壁をよじ上ることになる。

シュガーは王城直登ルートのガイド(ガイドはすでに天蓋庭園入りした参戦者である)を雇い、アイリスとは別行動とし、新たに４人パーティを組んで直登ルートに取りかかった。シュガーには元々岩登りの経験があり、また、平家の怨霊によって手がかり足がかりのナビゲートを受けることができるため、登攀に技術的な支障はなかったものの、その行程が楽であるはずもない。見上げる垂直の壁を、パーティメンバーと２人１組となってお互いをザイルで確保し、手を滑らせれば垂直に落下する壁面を、文字通り歯を食いしばって登っていった。

時に風が強く吹き、梯子の上で震えることもあったが、幸い王城側からの妨害はなく、額から流れる汗が乾くこと十数回、肝を冷やす事やはり十数回、数時間の登攀によってシュガーは王城の屋上へたどりついた。振り返ると彼方の山岳地帯は雪化粧しており、澄み渡る青空にくっきりと映える白い峰々の連なりは、歯を食いしばりつつ登攀した労苦を補って余りある。シュガーと共に城壁を登った平家の怨霊達も、また、ザイルを預け合った他の一揆参戦者も、しばし言葉もなく、ただ彼方の景色を眺めていた。

雪の積もった山々は白であるが、ネクターに覆われた天蓋庭園は赤である。誰が言いだしたわけでもなく庭園内への進行を開始したシュガー達が目にするは、赤く怪しく発光する大量のネクターであった。風が吹いてネクターの花々が揺れる。

そうだな、とシュガーも呟く。確かにこりゃあ地獄じゃあ見られないかもな。

ふと耳元に冥府からの声が届いた。暗がりからささめくような声であった。地上に星々の世界が現出している。それはやはりその光景が面妖であるということだろう。

シュガー達は武装を固め、陣形を組み警戒を緩めることなく進行する。一揆衆も平家の怨霊達もその面持ちは皆緊張気味であった。天蓋庭園は新王が座する一揆の最終決戦の場と同時に、一揆衆同士が先陣争いをしている苛烈な戦場なのである。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

少女は振りかざしていた杖を下ろし、一息つきます。