(――引き続き番外編。
プロットとは一体……
うごごご……
がんばって書き上げよう。)

桜の樹の下には屍体が埋まっている。
文豪が作品の一つに書いたその言葉は、
今も言われ、聞かれ、都市伝説になっている。
実際に、そんなことはありはしないのだが、
桜の妖しい美しさがそうさせるのだろうか。
その言の葉には不思議と信じるだけの力が宿る。
そして――
当然の如く、因業
桜の下に屍体が埋まっていることだって当然にある。
そんな桜には得てして何かが宿っている。
それが善性のものなのか、
悪性のものなのか、
それとも、
そのどちらでもないのかは分からないが、
その桜の周囲ではなんらかの奇妙な事象が起こりやすい。
桜が原因となることは勿論のこと、
桜が引き寄せたり、
時には桜の封じたものがもれでたりなど、
理由はさまざまではあるが。
今回の場合は――

夜、月が地を照らす。
されど、月の光よりも、
地にある電気の光のほうが明るく、
照らされているのは、
人の手による電気の光が届かぬ闇だけ。
そんな月の光が照らす地の一つ、
学校の桜の下に私はやってきた。
誰も知らない人避け桜。
この下に屍体が埋まっているとは限らないが、
何らかの因縁があり、
恐らくは何かが宿っている。
神隠しといわれるは、
この桜へとたどり着けるものが極少数であり、
この桜にたどり着くには何らかの条件があるのだろう。
それがなんなのかは、
どんないわれがあるかを調べる必要があるだろう。
私でなければ、だが。
ならば、私はどうするかだが、
簡単な話である。
直接聞く。
明らかにその方が早いから。
調べるのはそれでもどうにもならなかった時だけ。
何故、どうして調べる必要があるかというと、
花見の席を楽しむのに、
私はこの場所を選びたかった。
だが、今のままでは出来る可能性は低い。
これは恐らくは勘なのだが、
既にあそこに踏み入れた私と、
睦美さんはともかく、
咲良さんはこの場所へ踏み入ることは出来ない。
漠然とした感覚ではあるが、
こういう時の感覚は大切である。
恐らくは的中している。
となれば――
と、いう訳だ。
しかし、それにしても――
桜のある空間に踏み入れて改めて気づいたが、
驚くほどにこの空間は清涼である。
淀みというものがない。
だからこそ、
何の障害もなく私は桜に近づき桜に触れることが出来た。
昼間であればまだしも、
夜という時はその地にある霊的な本質が良く引き出される。
聖域に等しいこの感覚をかんがみるに、
この桜は恐らくはこの地の鎮魂の要となっているか、
桜に宿っている存在が強大なのかの二択。
だからこそ慎重に桜に私は語りかける。
「――聞こえているのでしょう？
　ここで花見をしたいのだけど構わないかしら？
　それで一人、新たにここに招いて欲しいのだけど、
　どう？
　いいかしら？」
静かに桜に語りかける私の後ろに、
新しい気配が現れる。
どうやら私の呼びかけに少なくとも応え、
話してくれる気にはなったのだろう。
そっと桜の木より手を離し、
気配の方へと向き直る。
そこにいたのは十歳くらいの少女。
薄く透明で、
今にも儚く消えそうなその姿は、
その存在がこの世に在らざるものである事を示している。
「……」
「――どうやら貴女がここの主のようだけど、
　相違ない？
　それで――返答を聞きたいのだけど、
　構わないかしら？
　駄目なら駄目でいいわ。
　別に脅しに来たわけではないし。
　駄目なら駄目で別の場所を探すもの。」
「――何故？」
「あら、何がかしら？」
「――何故、ここで？」
「――だって、
　静かに邪魔が入らずに花見が出来るでしょう？
　それにここの桜はこんなにも綺麗だもの。
　場所がいいとはこの事ね。
　お友達と秘密基地みたいなノリがないとはいえないわね。」
「――貴女には、お友達がいるの？」
「一杯いるわよ。
　数え切れないくらいにね。
　ここでももう二人も出来たわ。」
「――なら、何故……
　貴女はそんなに孤独なの？」
その問いによって、
ここにこれる条件というのが分かった気がした。
睦美さんもまた孤独だ。
学校で孤立していて、
両親とも仲が良いとはお世辞にはいえなさそう。
彼女があんなにも人と仲良くできる側面をみせるのは、
きっと私がいるから、
親しい感情を向けてくれる人がいたからだろう。
そして、それは私が来て、
出会って接しているからであって、
今までも、
そしてこれからも、
私のような人間がいない限り、
勝手に孤立して孤独になる。
無論、彼女の考えや状況が変わったら、
孤立も孤独もなくなるのだろうが、
昨日の今日でどうこうなる問題ではない。
無論、私という人間が現れた事で、
彼女の孤独という条件は除外されてしまったかもしれないが、
少なくとも彼女はここに来た時は孤独だった。
そして、
ここに一度きた事があるのなら、
これないという道理はない。
ここに来れる条件は孤独という事に間違いない。
ならば何故、
今の私に孤独という言葉を使ったのか。
それは、
「一時でも孤独を忘れた人間は、
　もう二度とここには踏み入れないのかしら？」
「いいえ。
　孤独かそうでないか、判断出来るだけ。
　一度でもここにたどり着いたなら、
　悪意が無い限りここには来れる。
　古の約定によって――」
「成る程ね。
　それなら、それで判断しただけ、というわけね。」
質問には答えずに、
質問で返すと、
素直に答えを返してくれる。
その答えではっきりしたのは、
桜自身に孤独か孤独でないか判別できる能力があるという事。
まぁ、分かったからといって特に何も無いのだが。
「貴女の質問の答えを言う前に、
　もう一つ質問があるといったら？」
「質問があるならいくらでも答える。
　そちらへの質問が答えられなくても構わない。
　……でも答えてくれるなら嬉しい。」
「そ。分かったわ。
　じゃ、先に聞くけど……
　私が此処で出会ったもう一人は、
　貴女が最後に見た時はまだ孤独だったかしら？」
「いいえ、確かにまだ孤独ではあったけど……
　もう孤独ではなくなっていた。
　また孤独になるかもしれない。
　でも、あの時だけは……」
「それは重畳。
　じゃ、質問は……何故そんなに孤独なのか、かしら。
　貴女なら良く知ってる理由だと思うけど。」
「……え？」
「知る人が消え、
　知る光景が消え、
　移ろい行く世の中。
　古からある桜なのであれば、
　理解できるでしょう？
　人も世界の風景も、
　あの頃と比べて変わり果ててしまった。
　でも、
　世界はいまだ続いてゆく。
　日々移ろいながらも。
　――私よりも貴女はそれを知っているはずよ。
　どれくらい昔なのかは分からない。
　でも、それは百では足りないでしょう？」
「……ええ。確かに……
　この地の要となって五百年。
　昔の光景も、
　見知った人も今はもう昔。
　それでも桜は咲き続け、
　私は此処に在る――
　貴女もだったのですね。」
「ええ。そうよ。
　確かに友達も一杯いるし、
　新しく友達も出来、
　それ以外でも親しい人は一杯いるわ。
　それと同時に昔の仲間も友人も、
　老いには勝てず死に果てる。
　でも、だからこそ、
　貴女はまだ疑問が残る。
　それでも、それならば――
　孤独足りうる理由には不足していると。」
「……はい。」
「当然よね。
　私でもそれくらいなら孤独にならないわ。
　孤独になったとしても、
　今があるのだもの。
　でも、それでも癒しきれないものはある。
　私は尋常ではない出来事で故郷の全てを失ったのだから。
　……その孤独だけは決して誰にも癒せない。
　その孤独を癒すという事は、
　故郷の、私の原点の全てを忘れる事に等しい。
　だから、
　心の奥には常に孤独を私は抱えている。
　どんなに恵まれたとしても、
　どんなに満たされたとしても――」
「……すみません、
　何かつらい事を思い出させてしまったようで……」
「いいえ、忘れていないことよ。
　そんな程度で悲しんだり、
　辛くなったりするような時はもう過ぎ去っているもの。
　それで記憶を封じてしまう事が一番怖いわね。
　まぁ、今は薄れる事が何より怖いといった所かしら。
　それで……三人で花見をしたいのだけど、
　新しい人をここに連れてくることは出来るかしら？」
「条件つきなら……構いませんよ。」
「条件？」
「……貴女がつれてきた時限定であれば。
　多くの人が来るのは嬉しいですが、
　それでも、
　あまり多くの人が来るのは好みませんので。」
そういって寂しげに笑う姿の彼女に、
私は率直に聞いてみた。
「それは、この桜について、
　ひいては貴女にまつわる事かしら？」
「ええ。
　話してもつまらない話ではありますが。」
「――是非聞いてみたいわ。
　駄目かしら？」
「……このまま忘れ去られるより、
　同じく長い時を生きる貴女に聞いてもらうのも一興ですか。
　その代わり条件があります。」
「あら、何かしら？」
「……友達になって、私も花見に参加させて欲しいんです。
　駄目でしょうか？」
「別に構わないけど……
　大丈夫なの？」
「大丈夫ですよ。
　１日くらいであれば。
　……それでは、語らせていただいてもよろしいでしょうか？」
「……」
神妙な様子の彼女に私は一つ頷くと、
彼女は静かに笑みを浮かべた後、
表情を引き締めて静かな口調で語り始めた。
「昔昔、
　ある所に村がありました。
　その村にある時、
　流行病が襲いました。
　これを神様の不況を買ったとした村人達は、
　一人の村娘を生贄に差し出します。
　ですが、村娘はいいました。
　一人で死ぬのは寂しいので、
　せめて躯には桜の種を植えて欲しい、と。
　そして、
　願わくば、
　私のように寂しい思いをした人達の憩いとなれるように、と。
　そうして、少女は犠牲となって、
　桜の種が植えられました。
　種は少女の躯の栄養をすって、
　すくすくと育ちましたが、
　桜の下に生贄の死体があると知る村人達は避けるようになります。
　そして、
　その桜には孤独な人間しか集まらないようになりました。
　そんな事を続けるうちに、
　村人は桜があることを忘れてしまいます。
　孤独な人だけが見つけれる桜。
　そんな風にして時を過ごすうちに、
　桜の存在は誰にも知られる事がなくなり、
　孤独な人にだけ見えるようになりました……
　そんなところでしょうか。
　ちなみに流行病は暫くしておさまりましたよ。
　食い扶持が減って、
　十分な栄養が取れたのが最大の理由でしょうね。
　長い時を経て、
　知識を蓄える機会があったから分かった事ですけど。」
「知識を蓄えるというと、
　この桜の下で死んだ人の魂といった所かしら？」
「……ええ。
　桜の下で私達は一つになる。
　その魂が昇天するその日まで。
　ゆえに知識と記憶の共有される。
　……もっとも私自身は、
　生贄としてこの地に縛られているので、
　昇天なんて出来ませんが。
　あ。
　死んだといっても何かしたわけではありませんよ。
　孤独な魂の最後のより所になりやすいが故、です。
　孤独でなくなって見つけられなくなった人間もいますし。
　――私は変わらず此処であり続けているのですけどね。」
「難儀な話ね。
　ま、私が友達となったら少しは孤独も癒されるかしら？
　孤独が癒されて、
　貴女がいなくなったら寂しいけど。」
「それに関しては多分大丈夫だと思いますよ。　
　少なくとも桜が枯れ落ちるまでは、
　私はここにいますから。
　それで、花見というのはいつ？」
「ああ、それはね――
　……って言ってみたはいいけど、
　貴女日にちの感覚は大丈夫？
　長く生きてると日付の感覚がおかしくなる事がたまにあるけど。」
「大丈夫ですよ。
　お任せください。
　その日をゆるりと待つといたしましょう。
　それにしても、
　こんなに多くを語ったのはどれほど久しぶりでしょうか。
　こうして顔を見せる事も含めて。
　私を見える人はいませんでしたし、
　会話もできる人もいませんでしたね。
　……
　…………こんなに幸せでいいんでしょうか？」
「……別にとがめる人もいないし、
　幸せでいいんじゃないかしら？
　誰に迷惑かけたでもない。
　というか、
　貴女はもっと幸せを享受してもいいと思うわ。
　それが苦しく、
　辛い事へとかわるかもしれないけど、
　幸せであったと思える事は一杯あったほうが良い。
　孤独に寂しく消えていくなんて、
　友としては許せないのではないかしら。」
「……そっか。
　ありがとう。」
「それで……」
「……？」
彼女に一つ、大切な事を聞き忘れていた事を思い出し、
私はそれを聞くべく口を開いた。
「貴女のお名前は何かしら？
　私は伊賦夜魅月よ。」
「私の名前は――」