『行き当たりばったりな冒険　〜ツルギの場合〜』



　とある世界、GC2075.09.09.00:05、とある施設にて――


　浅い部分では駄目だ。本格的に潜る必要がある。
より深く潜行出来て、時間制限を必要としない環境が必要だ。


　黒い電子グラスをかけ、椅子に深く腰掛ける。
端から見ても椅子で寝ているようにしか見えないだろう。
　しかし、物音を立てずに準備をしていたつもりだが、
同種の活動体にはばれているようだ。

　籠の中で活動休止に入っていた球体が動いた。
畳んでいた翼を広げ、ふわりと宙に浮いた。
　ぽちの目に光が宿る。
「ふぁ……こんな夜中に何をやってるのさ」
　欠伸らしい声を出して、くるりと正面に回り込んだ。
「エネルギーの無駄遣いだよ。ボク達は必要時以外は
お休みモードに入らなきゃ。活動出来なくなっちゃう。
君の場合は人工のお肌も荒れちゃうよ」
　無駄にエフェクトを飛ばしながら言う。説得力がない。
「今すぐにやりたいことがあってね。俺のことは気にせず、
ぽちは先に休んでいい」
　ぽちははっとして、翼の先端を向ける。
「それって電脳世界へ飛び込む奴じゃん。ツルギ、
そんなの持っていたんだ。そんなの何に使うの？」
「色々あって持っていたけど、使う機会がなかったんだ。
電脳世界へ行ったとしても、浅い階層だけだしな。
深く潜ったことはない」
「普通は作戦行動とか、戦闘のシミュレーションでしか
使わないよね？　今から訓練でもするの？」
　ぽちは目を輝かせる。目の下辺りがほんのりと赤く染まる。
「まさか……いやぁ、ツルギったら。君も男の子だったね。
ちょっと大人な世界へ飛び込むのですな」
　よく判らない誤解をされているようだ。
「何を言いたいのか判らないが、深夜だというのに、
お前はテンションが高いな」
　装置を起動させる。早く電脳の世界へ飛び込みたいのに、
面倒な相手を起こしてしまった。
「普通の人間を模したタイプだから、俺も身体的な疲労は
感じているし、精神的……記憶の整理もしたいさ」
「何で今からなのさ。疲労はボディの負担が激しいから、
ちゃんと休まないと駄目じゃないか。やっぱり、あれ？
大人の世界ってやつ？」
「その大人の世界って言うのが判らないのだが、
気になることがあるだけだ。邪魔をしないでくれ」
　ぽちが何か言っているが、意識は電脳の世界へ向けられた。

　いくつかの手続きを踏んで、電脳世界の海へと飛ぶ。
　電脳世界のウィザードの少女を想いながら。