いつもの待ち合わせ場所に向かうには少し早い時間、いつもよりも離れた場所を出口に指定して、影から這い出る。
　人気のない獣道を歩きつつカサネは途方に暮れていた。

　常よりもマフラーを深く、というか厳重に……最早グルグル巻きの謎の生物と化すまでに巻きつけたその姿に、遠目から自分を
認識できる相手はいないんじゃないだろうかと自覚はしつつ、けれど解く勇気は持てない。
　何よりも、マフラーを外した状態に自分自身が落ち着かないのだから仕方がなかった。

　待ち合わせの場所に、あの人は既に来ているだろうか。
　この有様を一体どう説明したものだろう…

　思考を重ねはすれど現状が改善されるわけではなく、やがて目的の場所に到着してしまう。
　この日は、相手の方が早かったようだ。


「カサ――………どうした？」


　赤マフラーの忍者から早々にグルグルマフラー状態を問われ、訝しむ顔で首を傾げられるのが凄まじくいたたまれない。
　流石に、説明せざるをえなかった。


「……あの、今日ちょっと、メイリーが…」


　エンブリオの中には属性の付加を与えるスキルを持つものが存在する。
　攻撃属性を暫しの間任意のものへと変えることができるのだが、PTMであるメイリーのエンブリオによってもたらされたそれは
カサネの持つ闇属性とは相対する光属性で、そしてタイミングの悪いことに、今日はそのまま攻撃することなく戦闘が終わって
しまったのだ。
　付加された光属性は発散されることなくカサネに留まる事となり、その結果…


「こういうことに……」


　マフラーを解いた下にあったのはいつもの黒髪ではなく、キラキラと輝く見事な金髪。
　よくよく見れば、眉毛や睫までもがその色を変えていることに気付くだろう。

　この結論に至るまで、主の突然のイメチェンにニグレドからは大草原を展開され、メイリーからは光属性が身体に留まることへ
の心配をされて平気と見るやこちらが気の毒になる勢いで平謝りをされ、目の見えない朽葉からは髪を撫でられた後に『光合成
が捗りそうな気配がするわね』と樹妖視点の褒め言葉（？）を頂戴し、辰砂からは『辛気臭い顔が少しは明るくなったよ』と追い討ち
を掛けられ、新入りのセトルからは何ともいえない微妙な表情をされたので何ていうか既に大分精神的にツラい。


「わ、笑うなよ……？」


　ここでこの人にまで笑われたらしばらく立ち上がれないと釘を刺すものの、当の忍は無言でカサネを見下ろしている。
　リアクションがないというのも、それはそれでなかなかいたたまれないのだが。
　カサネの心配を余所にまじまじと金髪を見下ろしていた忍は、やがてその隻眼を微かに細めた。


「……存外、似合っている」


　珍しく微笑を浮かべたと思ったらまさかの肯定的な意見である。


「Σ?!…や、やだよ！落ち着かない…!!」

「…そうだな」


　本気で辟易しているカサネが思わず拒否の姿勢を見せれば、忍は徐にその手をぽふんと金の頭に乗せた。
　大きな手の感触に、一瞬思考が止まる。


「元の色の方が、こちらも落ち着く」


　固まったカサネには気づかぬまま、大きな手が金髪を撫でていく。
　現状を把握したカサネはまるで顔から火が出そうな勢いで顔が赤くなっていくのが分かったが、俯いているためか相手がそれに
気付く様子はなかった。


「……あんた面白がってないか…？」

「？　そんなつもりはなかったが……気に触ったか？」

「……別に」


　頭を撫でられながら大人しくしているのは、その掌の温度に絆されているからだ。
　きっと、相手はそんなつもりなど微塵もないのだろうけど。


「いいよもう……笑われなかったからよしとする」






　そんな風に、不満げな体を装ってマフラーを引き上げて、青年は緩む口許を隠し通した。