つくづく、どうしてこんなことになったのかと思う。

あの二人に何かあったならば、自分は必ず妖精の方を助けると思っていた。
豊かな自然の象徴であり、精霊力の溢れ出る泉のような妖精の少女。
森を失い、もはや精霊界に戻ることのできない自分にとっては、妖精界とつながる彼女は憧れの存在だった。
その上、彼女は、この世界でできた数少ない友人の一人である。

それがどうしたことか、偶然も重なったとはいえ、人間の方を拾っていた。
動物たちを殺し、森を焼き、自然を破壊することしか頭にない、劣悪な種族。
おまけにこの人間は−−推測でしかないが−−おそらくどこかの森を滅ぼすのに加担している。
自分にとっては憎悪の対象にしかならないはずの存在。

とはいえ、通りかかってしまった以上、見捨ててはおけなかった。
魔法は使えないが、精霊力を感じ取ることは種族生来の能力として備わっている。
人間を包んでいた妖精界からの加護の力が消えたこと、常に隣にいた妖精の気配すらうかがえないこと、
そして、この人間が生きる気力を喪失していることは、一瞬で見て取れた。

「憎むべき相手だろうと、放っておいたら死にそうな者を放置するのは、一族の矜持に関わるのよ」

簡易テントを張ったキャンプから少し離れた林の中。小さく息を吐いて、一人ごちる。
吐いた息が白い靄となって、林を流れる風に吹かれて消えた。
冷たい風にかじかむ指先をこすりながら、薪となる枯れ木を探す。

妖精の行方が気にならなかったわけではない。だが、彼女はその明るく優しい性格ゆえに友人も多い。
風の精霊イリスに頼んで、彼女が既に他の冒険者の手助けを得ており、自分が心配する必要はないことは確認した。
むしろ、すぐにも死にそうなのは、目の前に転がる−−文字通り転がっていた−−人間の方だった。
本気を出せば自分よりも戦闘力は高いであろうに、放っておけば一夜のうちにも野犬に襲われて果てそうだったのだ。

「それに、あいつの作る料理は悪くない。旅を安全に続けるためにも、食生活の充実は大切だわ」

声に出して、自分で自分を納得させる。
手頃な枯れ枝を見つけ、腰をかがめて拾う。拾った枝で地面をつつきながら、言い訳のような思考を続ける。

冬のキャンプは暗くて寒い。雨や雪が降れば凍えるような寒さに耐えなければならない。
ディグリース☆テレフォンショッピングでふざけた巨大歩行炬燵を買おうかと、本気で悩んでしまうほどだ。
料理とは無縁な自分とメアリーだけで、採っただけ、焼いただけ、の食生活を続けるのは厳しくなっていた。
だから、意外と料理上手なあの人間が、温かい食事を作ってくれるのは正直ありがたい。

おまけに、まだ森にいたころ母親がよく焼いてくれた焼き菓子に似たものを、あの人間は作ることができる。
もちろん味はまったく同じというわけではないし、一口食べるだけで力が満ちるようなものでもない。
それでも、自分の郷愁を慰めるには十分だったし、蜂蜜の甘さが効いた焼き菓子は、純粋に美味しかった。

−−それにしても、と、ふとわき起こった疑問に首をかしげる。

妖精の加護が失われたならば、これまでに負った致命傷が一気に現れて、命尽き果てるはずではないのか。
あの人間は、加護を得てからそれほど年数はたっていないようだが、死んだはずの回数だけは多いと自ら言っていた。
本来ならば、加護が消えたその時点で、死んでいてもおかしくないはずである。
妖精の森で風の妖精と契約をしたことはいくらかの足しにはなったようだが、新たな加護を得たわけではない。
なのになぜ、あの人間はまだ生きているのだろう？

「…妖精の女王以外にも、あいつを守る存在が何かあるのかしら？」

自分には感じ取れない、精霊力以外の力を行使する何かが、あの人間を守っているのだろうか？

頭の中のもやっとした思考を振り払うように首を振る。長い耳の先が、冷たい空気を切った。
妖精と袂を別った理由を聞かないように、その他の事情も相手から語らないなら詮索すまい。
自分には関係のないことだ。深入りしない方が、きっとお互いのためだ。

しばらくの間、温かい食事を作ってくれて、戦闘の手助けをしてくれるなら、それでいい。
この世界で進む一揆の行方にさほどの興味はないが、
砂地の訓練場に根城を構える闇の司祭を排除し、山に巣食うドラゴンたちを退治したいという、
冒険者としての淡い望みはあった。
メアリーと二人だけでは困難であろうその道のりを、少し手伝ってくれれば、それでいいと思った。

右手に握った斧を一振り。拾い集めた枯れ木を適当な長さに切り揃える。
いつの間にか日は大きく西へ傾き、木立の影が長く伸びていた。
暗くなる前にキャンプに戻り、焚き火を起こさなければならない。

林を出てキャンプに戻ると、人間が、石を組んで簡単な竈を作っているところだった。
行動を共にしてはじめの数日は、本当に無気力に過ごしていたが、
風の妖精と契約してから、多少の料理をするくらいの気力は取り戻したらしい。
竈の横に、無言で薪の束を放り、今夜のメニューは何だろう…と並べられた材料を見やる。
キノコや果実の横に、先日狩った魔物のものであろう肉が出されているのが目に入り、思いっきり顔をしかめた。

「人間…肉は入れないでちょうだい」

エルフは菜食主義なのだ。