明確な意志があった訳ではない。ただ、やり場のない怒りがそこにあって、それが発露していただけのことだった。敢えていうならば幼児的な、原始的な怒りの表現だった。
　突き刺し、捻り、抉る。地に落ちたそれを長靴の踵で踏み躙るようにして折り、地に縫い止める。僅かにもがくそれは、確かにまだ生きていた。

「人間、もういいわよ。」

　それの仲間のような、小さい女が彼に何かを言った。いや、まだ十分じゃない。ひくりひくりと蠢くそれを地面に釘付けにしている長剣の柄を、彼は容赦なく捻った。
　エンブリオといえども、世界の中にいる以上は生きている。それ故に血を流しもすれば痛みを訴えもする。目の前の小さな妖精は、そういう意味では十二分に“生きて”いた。もっとも、その命は別の形態に移行しようとする間際ではあったのだが。
　エンブリオと契約するやり方は、探索者の信条によって様々だった。相手に自らを認めさせ、対等な関係を保とうとする者。力で制圧し従属させる者。

「もう、いいわよ。」

　二度目はうんざりとした口調で、シェリーはそう告げた。倒したフェアリーを地面に串刺しにして弄っていた男の様子には、鬼気迫るものがあった。どちらかといえばそれは、残虐であるとか冷酷であるとかいうよりも、むしろどこか必死さを感じさせるそれで、一歩引いて眺めてみれば滑稽さすら感じさせるかも知れないようなそれだった。とはいえ、無抵抗な敗北者に対するその姿は見ていて気分の良いものではない。それにそもそも、既に彼の犠牲になった妖精は死んでいた。
　冷たい目のままでその残骸を見下ろして、アイヴォリーは小さく息を漏らす。巧妙に隠された、だが横で見ていて気づいてしまうほどに抑え切れないその嗤いも気持ちの良いものではない。
　エンブリオと契約するやり方には、探索者の信条に沿って様々な方法がある。つい先程まで死骸だった妖精は、今や小さな光の粒子としてアイヴォリーの方へと引き寄せられていた。その粒子をアイヴォリーの身体が吸収し、辺りは何事もなかったかのように静かになった。ただ柔らかな日差しが木漏れ日として差し込み揺らいでいるだけだ。彼はエンブリオを徹底的に破壊し、まさに吸収したのだ。
　正直なところ、彼女にしてみてもこの男がここまでの反応を見せるとは思っていなかった。“妖精の加護”が彼から消え失せたことは感じ取れていた。そのまま放っておけば恐らくは伝承の主人公たちと同じように、彼は負債を支払わされて死ぬだろう。それも報いだろう、そう思った。この男は話を誤魔化して多くを語らないが、恐らく仲間たちの村を少なくとも一つ、滅ぼしているのだ。だが同時に、ひととき関わった者を朽ちるに任せておけないということも分かっていた。それで手近なところとして、この場所への道を知っている探索者と取引を行い、彼をここに連れてきたのだ。当然それで騎士の契約が更新されるというほど単純なものでないことは彼女にも分かっている。恐らくこの負債を帳消しに出来るのは、契約した当の妖精本人か、もしくは妖精たちを統べる女王だけだろう。だがそれでも、彼の反応を見ることは出来る、そう考えたのだ。結果としては最悪に近い反応だったのだが。

「ヤレヤレ、クソッタレ……。」

　アイヴォリーが呟いた。熱狂が去ってある程度平静さが戻ってきたらしい。無論それはかつての快活な仮面が戻ってきたのではなく、無表情で全てに倦み疲れた自暴自棄が再びやってきた、というだけのことなのだが。とはいえ、エンブリオの中でもそれなりに強力な妖精の一人を吸収して、表面上彼の様子は健常そうに見えた。見様によっては単に自堕落なだけのようにも見える。
　エルフの中でも気が短いことは自分でも理解していた。それ故に、こうなることも分かってしまった。以前のこの男にならば“短絡的”だと笑われただろう。要するに、精一杯手を伸ばして、エルフたちの技術の粋である“姿隠しの外套”の胸元を鷲掴んでいた。

「人間。あんたがどう死のうが構わない。でも、生きてる間くらいはきっちり生きなさい。少なくとも、あんたには村の同胞たちの分の責任があるのよ。」

　冷たい目が自分を見下ろしていた。先程地面に縫い付けた妖精に向けていたのと、それほど変わらない視線なのだろう。無表情で、澄み切っていて、むしろ突き抜けてしまったような、達観した瞳。沈んだ血の色をした瞳に射竦められて、シェリーは彼の胸倉を掴んだままで動けなくなった。それでも、その澱んだ淵のような瞳を真っ向から睨み返した。

──貴方は生きなさい、人の子よ。──

　いつか、どこかで聞いた遠い声。それは確かに彼の耳を打った。湖のように透き通った瞳。遥かに高い空の青を映し出した鏡のような青。目の前の、ただエルフであるという以外に全く共通点のない少女の口から、確かにアイヴォリーは彼女のその言葉を聞いた。
　気付くと、胸倉を掴んだままで、こちらを見上げて睨みつけているエルフがいる。彼女の全てを赦すような深い眼差しとは似ても似つかぬ、憤怒か、もしくは憎悪に燃える目で。
　ゆっくりと、だがしっかりとした力で手を掴まれ、シェリーの手は引き剥がされた。無表情な男はまだ死んだ魚の目で自分を見下ろしている。投げ捨てるようにして手を振り払われた。

「エルフの嬢ちゃん、そんなに握り締めてチャ苦しいッつーのよな。」

　アイヴォリーがぎこちなく、だが確かに微かに笑った。片頬を吊り上げるような笑い方で。

「ヤレヤレ、仕方ねェな。少しのアイダ、横で眺めててヤるよ。」

　呆れたような口調で言いながら背を向けて、地に突き刺さったままになっていた長剣を抜き、鞘に収める。木々の間から、高く澄んだ青が覗いていた。


「ねえ、いいの。何か元気になっちゃったみたいだけど。」

　薄暗い書斎に柔らかな少年の声音だけが聞こえる。この書斎の管理をしている電子妖精は普段は姿を見せずにどこからともなく音声だけを発することが多い。僕は口の端に笑みを浮かべたままで、大きな机の一部から立ち上がった画面から視線を外し、小さく息をついた。

「まぁ良いさ。全く絶望に打ちひしがれて使い物にならないよりは、その方が見応えがある。捨てる神あれば何とやら、とはまさしくこのことだね。」

　僕はようやく立ち上がった彼の様子に少しだけ満足して、彼の遊戯の続きを始めることにした。電子妖精に命じてひとつの表を読み出させる。これを実行することで、どこまで彼が運命に抗えるのかを見届けるのだ。



D.o D.：［2D6］
-8：全ての支払いを請求される。次回更新時アイヴォリーは死亡する。
-7：いずれかの部位を欠損する。永久に該当ペナルティを2倍量受ける。
-6：いずれかの部位の末端を欠損する。永久に該当ペナルティを受ける。
-5：いずれかの部位を派手に損傷する。適切な処置が施されるまで部位表のペナルティを3倍量受ける。
-4：いずれかの部位を損傷する。適切な処置が施されるまで部位表のペナルティを2倍量受ける。
-3：いずれかの部位の末端を損傷する。適切な処置が施されるまで部位表のペナルティを受ける。
-2：いずれかの部位から出血し続ける。適切な処置が施されるまで部位表のペナルティを受ける。
-1：いずれかの部位から派手に出血する。次回更新時、部位表のペナルティを2倍量受ける。
0：いずれかの部位から出血する。次回更新時、部位表のペナルティを受ける。
1：いずれかの部位から多少出血する。実際の影響はない。
2：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
3：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
4：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
5：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
6：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
7：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
8：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
9：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
10：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
11：運命調律者の気紛れ。今回は支払いは行われない。ただしこの項目は消失しDoDスケールが進行する。
12：意志の力で運命を抑え込む。DoDスケールをひとつ押し戻す。

部位表［2D6］
2：精神。次回DoDロールを-1で判定する。
3：頭部。戦闘設定の枠をひとつ封印する。
4：目。成長枠をひとつ封印する。
5：耳。クライマックススキルが使用出来ない。
6：口。食事が出来ない。
7：鼻。アイテムが使用出来ない。
8：胴。GPを-3する。
9：脚。対象指定が使用出来ない。
10：腕。必殺技が使用出来ない。
11：意志の力で損傷を無視する。今回のペナルティは適用されない。
12：意志の力で損傷を回復する。欠損以外のペナルティをひとつ回復する。

ルール
更新ごとに2D6を2度振り、結果の1度目をDoDスケール、2度目を部位表に適用する。ネクター満開以外でのイベント戦での敗北、被PKの敗北などアイヴォリーの生存意志に影響する出来事があった場合、次回更新のロールに-1のペナルティをかける。
“気紛れ”は一度適用する度にその出目の気紛れを消滅させ、それ以下の結果がせり上がる。12でスケールが押し戻された場合、もっとも小さな目の気紛れにさらにひとつ気紛れを追加し、それ以下の結果を押し下げる。
あまりにも同じ結果が重なることでその結果を適用出来ないと判断した場合、その結果自体が消滅し、それ以下の結果がせり上がる。

※　「刻まれた歴史」
他プレイヤーからメッセージでロールを宣言された場合、本人とその出目の多い方を採用する。ただし同じプレイヤーのロールを2更新連続で参照出来ない。
※　個人的な事情で適宜追加、変更されます。