〜何時か何処かのある場所〜

*SIDE*オルタンシア

「…犬になりたいと申されましても、確か魔王様は状態異常全無効とかついてませんでした？」

そう、基本的に何も効かないのだ、この魔王様には。
どうやって犬にすればいいというのか。

「それを考えるのがオルタンシアの役目じゃろうが！」

あ、はい。


「…そうですね、ではいっそ状態異常が効くように、どっか人の中とかに入ってみますか？」


現在〜次元の狭間〜


いくら倒しても無限に増殖する人の形をした魔法生物。

その戦いの合間に、オリフィアが天使のような声で微笑みながらレイヤに声をかける。

「サクラ様にお薬を作って頂いているのでしょう？サクラ様が貴方に生き延びて欲しくて大切な試験まで放棄して頑張ってらっしゃるのに…貴方はこうして身体を削って私と対峙しているのですね。嗚呼でもきっと其れは正解ですね。貴方の身体を蝕むものはかなり厄介ですもの。きっと間に合わない。サクラ様がご自分の無力さに嘆き悲しむ姿は見たくありませんよね…どうしたらいいのでしょう？」

確かに、昔は簡単に解体できた魔法生物…ほんの少しの魔力を使うだけでもレイヤの身体に激痛が走る。

もはや、それほどまでにレイヤの身体は蝕まれていた。

オリフィアの声にレイヤは苦虫をつぶしたような顔になりながら、必死に迫りくる魔法生物をただの魔力に解体していく。

「そう、今此処で死んでしまえばいいのではないでしょうか？だって貴方はどうせ近いうちに死ぬのですから。」

「こんなところで、死ねるものか…！」

レイヤの意志とは裏腹に、身体はすこしづつ言う事が効かなくなっていく。


「レイヤ先生！」

そんな、レイヤを助けに行こうとしたサクラにも天使の声が囁く。

「今貴女のすべきことは何でしょう…？灘様のことはウルド様にお任せしているはずなのにこうして此処にいらっしゃったということはウルド様のことを信頼してはいないのでしょうね。」

それを聞いて、サクラの動きが止まる。
そんなことはない！という表情をしながらオリフィアの方を見るが

ほんの少し、ほんの少しだけ思ってしまっていた


自分ではもう、間にあわないんじゃないかと。


レイヤ先生を救えないんじゃないかと。


その、心の弱みにつけいられる。


「レイヤ様のご寿命は貴女が思うより短いです。貴女はご友人を信じず行動し師を救う事もできずに終わるのです。」

完全に動きを止め、俯いてしまったサクラに魔法生物が襲いかかる。

「サクラ…！」

レイヤは限界まで身体を酷使して、サクラの側まで走り、障壁を展開させて攻撃を防ぎ、そのまま襲ってきた魔法生物に手を触れただの魔力へと霧散させる。

「馬鹿ものが…！戦闘中に動きを止め…」

サクラを叱咤しようとしたレイヤの声が止まり…

そして、そのまま大量の血を吐きだして倒れこむ。


「レイヤ先生…？…っレイヤ先生！」

それを見たサクラがレイヤに駆けよる。

「レイヤ先生…！レイヤ先生！嫌です！目を開けてください！」

青い顔で眼を閉じたレイヤに必死にサクラが声をかけるが、ピクリとも動かない。

そして、魔法生物がすこしづつ二人に迫ってくる。



〜同時刻〜

「くそ…数が多い上に無限かよ！…レイヤ先生達とも少し離れすぎた…！」

ユカラとマグノリアを守りながら鬼神のごとき動きで魔法生物を葬るセツカ。

レイヤ達は前方に居るのは見えるし、そのさらに前方から道産子の雄たけびが聞こえるので無事なのはわかる。

だが、なにより敵の数が多すぎるし、オリフィアに言われた事がよっぽど衝撃的だったのかマグノリアがまったく動こうとしない。

ユカラはなんとか魔法生物のトラウマを克服したのか立ちまわれているが、まだ動きは固い。

「なんとかレイヤ先生達とまず合流を…」

そう思った時に、セツカの耳元に声が聞こえる。

「よく此処までたどり着きましたね…せっかく再会出来たのに守ることも出来ずに再び手放してしまったフィー様…貴方の大切なフィー様は此処にいます。」

「やはり、フィーはそこに…！」

逸る気持ちをなんとか抑え込む。

「護衛の任でありながら灘様もあっさりとこうして連れ去られ、今こうしてフィー様をちらつかされている貴方はユカラ様達をも護れない…諦めましょう？貴方は誰も護れない人間なのです。」

「くそっ…！」

確かに、フィーを人質に取られてしまってはセツカは手も足も出無くなるだろう。

だが、ユカラ達を見捨てるという選択肢もまた、セツカには無い。

「どうすれば…！」

苦悶の表情を浮かべるセツカに、オリフィアとは違った声がまた聞こえる。

「（大丈夫よ。彼女の目的にはあの娘の魂が必要だから…なんにしてもすぐにどうこされることはないわ。）」

…聞いたことのあるような、フィーに似ている様なそうでないような声に一瞬だけ動きを止めるが、そのあとふっと笑みを浮かべる。

「そうだな…まずは目の前にいる二人を護って見せる…！」

気を取り直して剣を振るうセツカに、再びオリフィアの声が聞こえる…が、先ほどまではと少しだけ種類の違う声。

「何故、貴女は私の邪魔をするのですか？オルタンシア？」

オルタンシア？とセツカが疑問を浮かべた時、目の前のレイヤが倒れ、サクラが叫んでいるのが見えた。そして…。

「っ…レイヤ先生…サクラさん！…マグノリア！？」

自分の横を、マグノリアが駆けて行った。


〜同時刻〜*SIDE*マグノリア
オリフィア様は私を利用していた─

私は大恩のあるオリフィア様にならどんな風に利用されたって構わなかった

でも
でもそれが

同じく大恩のあるみなさんの足を引っ張ることになっていたなんて─


サクラ様の悲鳴が聞こえ私は顔をあげる。
少し離れた所に居る兄上様が血を吐いて倒れて、それに駆けよるサクラ様が見えた。


それを見て、居ても立っても居られずに二人の元へ走り出す。

もう、優しい人達が居なくなるのは嫌だ、その思いだけで走り出した。

だが、現実は優しくない。


すぐ、目の前に現れた魔法生物に阻まれ、そして手に持った剣が振り下ろされようしている。


セツカも、ユカラもマグノリアの名前を呼ぶが、間にあわない。


マグノリアは茫然としながらも、たった一つの言葉を思い出す。

オリフィアと同じく、自分を救ってくれたオリフィアの兄と別れる時にかけられた言葉を。


『何かあったら、私の名前を呼べば良い…必ず、どんなところに居ようと、助けに行く』


「っ…ユリシス様ぁ！」

マグノリアがユリシスの名前を呼んだとき、マグノリアがユリシスから貰った指輪が辺りに閃光を走らせた。


〜同時刻〜*SIDE*レイヤ


身体が動かない…サクラの声は聞こえるが、もうどうにもならない

…ああ、さすがにもう…ダメかもしれないな…

そう、思っていたら身体が急に暖かい光に包まれ


そして、懐かしい声を聞く。

「なんだレイヤ、もうリタイアか？お前はもっとしぶとい奴だと思っていたが。…まだだろう？」

「ええ、そうよね。」


薄く眼を開いた先にあった光景は、かつての級友…若かりし頃のバレット・アントラージュが召喚した幻獣フェンリルが魔法生物を氷漬けにしていた。
そして、微笑みを浮かべながら回復魔法を自分にかけている…もう2度と合う事が出来ないと思っていた…バレットの妻、シビル・アントラージュだった。

木で作られた台に乗って、踊りながら歌っている女の子がいる
１曲歌い終わると、ちらほらいる観客に向かって話しかけ始めた