―――夜の庭、夜の藍い闇の中。夜闇に翳ってしまいそうな影が、ひっそりと。
　彼女が纏う灰色のシャツワンピは闇夜に呑まれてしまいそうだった。
　しかし衣の輪郭は、皓皓と月に照らされて幽かな白色に縁取られていたから、辛うじて呑まれる事は無かった。
　今にも景色に融け込んでしまいそうな、闇に融けそうな月光に融けそうな、現に在るのか夢に在るのかも解らなくなりそうな気配。　ふぅわりふわり。冬風に靡くスカートの縁と共に舞い上がらせる。
　偽の腕が、ふぅらと持ち上がる。布を纏った指先がゆぅらと地面に伸ばされる。
　布を纏った指先は、ぴんと伸びた若々しい草の先端に触れた。
先にはすぐ近くの噴水の飛沫でも跳ねたのか、小さな小さな水の雫が湛えられていた。
　――冷えそびたる地底に眠る、純度の高い水晶を切り出したような透明度。国宝の腕の研磨師に磨かれたような珠の輪郭。
　月光を孕んで虹の色を擁く其の内側の瞬き。
　たかが草に付着した水の雫。日常の生活の中の何処にでも落ちていそうなものだのに、指先はまるで稀少の貴石を手に入れたかのように雫の珠を掬い上げる。
　指先は、珠の輪郭を崩す事無く震わす事無く、丁寧に丁寧に水を掬い上げた。
　布を纏ったままの指先だと云うのに、撥水性に富んだものなのかはたまた別の理由か、水の珠は布の繊維に吸われる事無く珠のままである。

「……」

　彼女は唇を綺麗な弧の形に歪めて、静かに微笑んだ。
　その指先は更に別の草の先にも触れてみる。二滴、三滴、四滴――小さな水晶の珠でも拾い集めたかのように、沢山の雫が拾われること。
　冬の花と月ばかりが見守る、ほんのささやかな一人遊び。

彼女の掌にはいつの間にか袖口からフリージアが。
それを躊躇する様子もなく抜き取る様には驚いたが差し出さればその花をまじまじと眺める。
微かだが魔力が感じられよう、その花をゆっくりと両の手で受け取る。

とても疑問だったのだろう、問い掛ける。

　何ごとも知りたがる性分であるため、何か調べまわるのは間違いない。聞いておいて良かったと思う。

　王城に至る前にしていた勉強を思い出す。そのお陰で様々な書物に目を通すことも出来るようになった。

　可能性はある。だがあっても大幅なズレは無い。そう聞いて胸をなでおろした。

プリンを食べながらそういう。

取られた掌は、硬かった。
使い込まれて乾いた厚い皮膚。
狩人の男の掌。

淡々とした声だった。
期待はない。
拒絶もない。
在るが儘を受け入れる。

あるいはそのさまはまさに停滞。

そう、問い掛けた。

手帳を取り出し、それのページを千切ってそこに簡単な地図を描く。

そう言いながら、描いた地図を相手に差し出す。