無数の部屋が立ち並ぶ、広い通路。
　城内らしい景色ではあるのだが、どこかしらつくりものめいた印象も受ける。一揆の現状がそう受け止めさせるのか。
　ここも、かつては、王の統治下に置かれた、生活のある空間だった筈だ。前王が降りてからそう間は空いていないはずだ。エンブリオの力をもってしても、そう大規模な改修が出来るとは思えない。
　――もっとも、そう仮定した場合、かの研究棟も『平和だった頃』から存在している可能性が高いのだが。

　ただただ通過するためだけの廊下を進む。あるいは何処かの部屋で、やはり一揆参加者が休憩したりなどしているかもしれないが、なにかが住み、生活するという空気は乏しいままだ。
　この城はもはや、人間のものではなく、時折エンブリオが混ざるだけの生物達の住処であるようだ。
　人間という言葉のくくりは複雑だが、このような部屋や廊下という形式を必要とする生き物が本来のあるじであった、筈だ。
　でなければ、前王の時代から、この城は城のかたちを模した抜け殻であったことになってしまう。
　それでは、まるで。

　軽く首を振った。さすがに飛躍しすぎだ。

「どうした、坊や」
「すみません。少し、考えごとを」
「口に出さぬ方が良いことかえ」
「どちらかと言えば、馬鹿馬鹿しいことかもしれません」

　覗き込むような魔女の赤い目を見て、内心でもう一度首を振る。
　そう。まるでこの城そのものが、新王という名の卵――エンブリオのようだ、などというのは。

「ネクターの空間の噂を聞いてから、どうも落ち着きません」
「研究としては、始まったばかりじゃが。一揆としては、大詰めに近いと思しいな」

　目を細めた魔女は、一揆だけではなく、塔に戻った後の研究のことまで、思いを馳せているのだろう。
　終わりという言葉はとても不可解だ。その言葉を使わなくてはいけない、その区切りは確かにある。しかし時間は水のように流れ、状況は動き、人はもがく。何が終わったのか、本当は誰とも重ならない。

　手持ち無沙汰に、外套の飾りと、そこに結んだ組紐を締め直す。人数分のそれを作って貰ったのも、随分前に思える。
　影、という名を与えられた組紐に触れると、わずかに風を感じる。なめらかな新緑の風。先日、仲間から譲り受けた装備だ。
　名前の意味を聞きそびれた、と思い出す。かの女性が作るものや、打ち直したものには、必ず意味のある名前が存在した。目の前の魔女もそうだ。名付けの術。ちからを固定する器のひとつ。

　城内に風を感じる。エンブリオの加護、装備するものの加護。あらゆるものが流れ込むここは既にただの箱のようであり、無数の可能性を秘めた箱のようでもある。この廊下の先に居るという黒騎士の、噂に聞くその能力は、まるでこの城そのもののようでもある――

　思考はそれ以上なにも出来ない。己自身と同じように。
　ただ、今日のこと、明日のことのため、廊下の先を見る。終わらない廊下の、未だ姿の見えない誰かの、終わらない時間を。

（手袋を着用する